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残りもだいぶ少なくなってきました。
「第八章 笵雎逼仇(第22集~第24集)」の片尾曲です。


<詩経 邶風・式微より>


式微式微 (shiwei shiwei)
ああ、どんどんと衰え行く
(というのに)

胡不歸? (hu bu gui)
なぜ帰らないのか?

微君之故 (wei jun zhi gu)
君(王)のためではないというのなら、

胡為乎中露? (hu wei hu zhong lou)
どうして露中にあるのか?
(露の中=びしょぬれになっているんだけど
体を覆うこともできないという状況)


式微式微, (shiwei shiwei)
ああ、どんどんと衰え行く
(というのに)

胡不歸? (hu bu gui)
なぜ帰らないのか?

微君之躬, (wei jun zhi gong)
君(王)自身でないというのなら、

胡為乎中露? (hu wei hu zhong lou)
どうして露中にあるのか?


式微式微, (shiwei shiwei)
ああ、どんどんと衰え行く
(というのに)

胡為乎泥中? (hu wei hu ni zhong)
どうして泥中にあるのか?
(泥中=水に溺れているのだけど、誰にも助けてもらえない状況)

胡不歸? (hu bu gui)
なぜ帰らないのか?

胡為乎泥中? (hu wei hu ni zhong)
どうして泥中にあるのか?


--------------------------

ぱっと見だとちょっとわかりづらいかも知れませんね。
何しろ元の詩自体がほかに比べてだいぶ短い(二行しかない)ので、
調べてみたところ解釈がいくつかあって、
はっきり「これだ!」という解釈自体がつけづらいようです。
一応それでもなんとなく、ひねりだせたような感じはありますが…

元の詩の解釈のひとつとして
邶国の黎侯が国を失って隣の衛国に迎えられていた時に、
衛もすでに衰微しており、その家臣からどうして帰らないのか、と
勧められているという詩だそうです。
(ついでに原文の「中露」「泥中」というのは
衛の邑の名前だという話もあるみたいなんですが…
この辺はもうどっちがどっちだかわからんというか、
あととりあえずこのドラマで使われている際の解釈としては
↑の対訳に載せたほうがしっくりくるだろうということで
そっちにしました。)


つまり、この辺を咀嚼して考えると、
このドラマにおいては
「式微式微」は特定の国を指しているというよりは
これまでにずっと描かれてきた栄枯盛衰の世のことわりを詠っている、
という意味に取れる気がします。
そんな中で苦闘していても、いずれ式微式微なんですよ、と。
最初は短すぎるってのもあってなかなか意味がしっくり来なかったんですが、
こうして噛み砕いてみると、今章にこの詩が使われているというのは
だいぶ納得がいきました。
曲調がそうだからというのもあるんですが、
すごく優しい歌であると感じられます。




(歌詞を作るに当たり、こちら↓の各サイトを参考にさせていただきました。)
http://www.ccvs.kh.edu.tw/teacher/pon/pon1/sg.html
http://mokusai.web.infoseek.co.jp/shushigakukihonsho/shikyou/shikyou_1_kokuhuu_main.html




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