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「第五章 蘇張縦横(第13集~第15集)」の片尾曲(エンディング)です。
さすがにここまで来ると、多少は慣れてきたような感じも出てきたかな…


<詩経 邶風・谷風より>


習習谷風,以陰以雨 (xixi gufeng, yi yin yi yu)
そよそよと谷風が吹き、雲が立ちこめ雨が降り出す。

黽勉同心,不宜有怒 (minmian tongxin, bu yi you nu)
心を一つにして励み、怒ったりもすべきではない。


采葑采菲,無以下體 (cai feng cai fei, wu yi xia ti)
葑を摘むにも菲を摘むにも、根を以ってしてはいけない。
(「葑」「菲」はカブに似た食物で、根の味には美悪があるが、
根も葉も全て食べるべきで、根の味が悪いからと言って
葉ごと捨ててしまってはいけない、ということ。)

音莫違,及爾同死 (de yin mu wei, ji er tong si)
徳音(≒こころざし)を違うことがなければ、お前と死を同じくしよう。

音莫違,及爾同死 (de yin mu wei, ji er tong si)
徳音を違うことがなければ、お前と死を同じくしよう。

宴爾新昏,如兄如弟 (yan'er xin hun, ru xiong ru di)
お前の新昏を楽しみにしていよう、兄弟の如くに。


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というわけでこの第五章の主役である蘇秦と張儀を詠った歌詞でした。
蘇秦と張儀というよりは、蘇秦のほうの心の内、といった方が近いかな。
二人で後を次ぎ次ぎ歌っているのも象徴的ですね。

冒頭の「習習谷風,以陰以雨」というのは、
陰陽が和して、後に雨が降る…要するに、物事があるべき姿というのは
そういうものだということを表しているそうです。
ついでに前章と同じ「谷風」ですが、
あっちは「小雅」のほうで、こちらは「国風」の中の「谷風」です。
詠い出しの部分が同じ「習習谷風」というのは、
前章の龐涓&孫臏と同じく、
今章の二人も鬼谷出身ということで掛けているんでしょうね。
それにしても、よくもまあそんな条件をぴったり満たして、
かつ詩の内容的にも即したものが見つかるものだな~と改めて感心ですが。


と、書いた直後に何なのですが、
この邶風の谷風、元の詩は意味がまたちょっと違うんですよね。
もともとはこれ、夫に捨てられた妻の歌なのです。
陰陽が和して雨が降るというのと同様に、
夫婦もまた和して、それで初めて家族というものが成り立つ。
カブについても、年取って顔(根)が悪くなったからといって
葉まで全部捨てたらいけませんよ、と、そういうことなのです(^^;
で、そういう捨てられてしまった妻なんですが
それでも別れた夫への情愛というのはなおも残っていて、
新しい妻を迎えて楽しむよう兄弟のように願っていますという、
夫(別れた男)の幸せを願う気持ちはなおも断ち切れないという歌なんだそうです。
解釈の違いでここまで意味が変わるというのは、
何とも面白いものですね。




(歌詞を作るに当たり、こちら↓の各サイトを参考にさせていただきました。)
http://www.ccvs.kh.edu.tw/teacher/pon/pon1/sg.html
http://mokusai.web.infoseek.co.jp/shushigakukihonsho/shikyou/shikyou_1_kokuhuu_main.html





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