<詩経 邶風・終風より>終風且暴,顧我則笑
(zhong feng qie bao, gu wo ze xiao)終風(一日中吹く風)は荒々しく、また同時に自分を顧みて笑いもしている。
謔浪笑敖,中心是悼
(xue lang xiao ao, zhongxin shi dao)おどけてきままに笑い歩くが、その心のうちは悼み悲しんでいる。
終風且曀,不日有曀
(zhong feng qie yi, bu ri you yi)終風(一日中吹く風)は曇り、日は出ておらずまた曇る。
寤言不寐,願言則嚏
(wu yan bu mei, yuan yan ze ti)目が覚めて寝られず、思い悩んでくしゃみが出る。
曀曀其陰,虺虺其雷
(yiyi qi yin, huihui qi lei)曀曀(えいえい)として空は曇り、虺虺(きき)として雷が鳴る。
寤言不寐,願言則懷
(wu yan bu mei, yuan yan ze huai)目が覚めて寝られず、ただひたすら思い悩む。
終風且霾,惠然肯來
(zhong feng qie mai, hui ran ken lai)終風(一日中吹く風)に吹き上げられて土ぼこりが立ちこめ、恵然として来ることもない。
莫往莫來,悠悠我思
(mo wang mo lai, youyou wo si)行くこともなく来ることもなく、悠悠として思いにふける。
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今回も結構繰り返しがありますが、
まあその辺は歌詞を見てればたぶんわかりますね。
「終風且曀,不日有曀〜」のあたりは、
一節ごとに調子をあわせるために
「終風且曀啊、不日有曀啊〜」といった具合に
最後に「a(あ)」の音がついてるようです。
元の詩ですが、これは詩経の「国風」の中の「邶風」の中のひとつであり、
国風てのは国ごとの内容を詠ったものということだそうです。
つまりこの場合は邶の国ってことですね。
その荘公という王様の狂態、暴慢な様を、吹き荒れる風になぞらえているわけです。
というところから行くと、今回の歌で表されているのは
やはり今回のエピソードの主人公である商鞅であることは自明でしょう。
周りからは吹き荒れる暴風のようにともすれば見える彼が
内内に抱く深い思い、考え、考察、悩み
そういったものをこの詩で表しているのではないかと私は考えました。
(歌詞を作るに当たり、こちら↓の各サイトを参考にさせていただきました。)
http://www.ccvs.kh.edu.tw/teacher/pon/pon1/sg.htmlhttp://mokusai.web.infoseek.co.jp/shushigakukihonsho/shikyou/shikyou_1_kokuhuu_main.html