| 何守 |
 | 物語も中盤を過ぎ、舞台は明の都、北京へ そこでいよいよ父の仇、崇禎を目標として 袁大哥の復讐への動きが始まるわけなのですが、 そこに怪しく舞い降りた影 それが五毒教であり、その若き教主・何鉄手である。 いや〜、なんというか、このお方 ひとことで形容するならまさに「小悪魔」ですね(笑) この口のはしを吊り上げた「ニィ〜ッ」という微笑み そしてそれと共に繰り出される冷酷無比、躊躇なしの 恐るべき鉤手が標的の喉を刈る。もーたまりません。
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雲南の夷族ということで、承志たち漢民族とも、満州民族とも違った
ある意味、獣のような独特の哲学と気性は
初登場時から最後の最後まで一貫しており、
特に敵から味方に立場を変えたわけですが、
味方になってもこの突拍子のなさとマイペースさ、
不敵さ、妖艶さ、傍若無人さは変わりがありませんでした。
そして言葉で並べ立てるととんでもないパーソナリティなのですが
これが実際にこの女を見ている限りだとちっともネガティブなものではなく、
以前書きましたが、いろいろなものについて前向きに開き直っている。
完全に、自分がやることは正しく、自分の心に従っているという強固な自信があるわけです。
これは、完全にこの人の勝ちですね。
観ていて妙に清々しいんだもんな〜。
終盤、北京が陥落するあたりから展開は歴史ものとしての重厚さを増して行き、
ともすれば袋小路に行き当たったような陰鬱さがあるのですが、
その中でも漢人のやることなんて知ったこっちゃないわとばかりに
ひたすらマイペースを貫き通すこの女の姿は
まさに一服の清涼剤と呼べました。
これぞ毒をもって毒を制すというやつですね(?)。
で、わけのわからないこだわりがあって
何の因果か承志に弟子入りすることをやたら執着しているのも可笑しいところです。
確か当初は「五毒教のために」金蛇郎君の武術を会得するってのが
弟子入りの趣旨だった気がするんですが、
途中からいつのまにか手段と目的がごっちゃになってました(笑)
だがそれがいい。
他の人には理解し難いんだけど、なんか独特の信念と価値観、こだわりに従って
常に前向きに生きている彼女の姿は中盤以降の登場、
そして最初は敵側というハンデを負いながらも
一気に我々を魅了し、お気に入りキャラクターの座に押し上げたのでした。
ちなみにこの女も「鹿鼎記」に登場するらしいですが…
でも金庸作品に「続編」というものを期待すると(以下同文)
| 玉真子 |
 | 第一話からその存在は示唆されていたこのお方 我らが護国真人は物語前半三分の一をすぎるころに 唐突に空から笑い声と共に姿をあらわし 以後、二十話に渡って見事な悪役として ずっと君臨し続けてくれました。 いや〜、なんかもう、本当に、実に見事な悪役でした(笑) →真性のマヌケ →女好き →ヘタレ →ハハハ笑い |
→負けそうになると空飛んで退散
→
でも無茶苦茶強い悪役として、これほどうってつけの人はなかなかいないですよね。
しかもむやみに人を殺さない。
(もちろん本人が意図してのことじゃないとは言え(^^;)
そのおかげで、展開が重くなったり暗くなったりすることもなく、
ああ、また護国真人きたよ、と
こいつが出てくると観ている側は存分にその超絶武功による緊張感あふれる殺陣、
そしてその後のやられっぷりを堪能できるというわけであります。
鉄剣を手に入れて師兄の木桑道長をどつくその姿は
さながらドラえもんの道具を盾にジャイアンに逆襲を試みるのび太のようでした。
このドラマの助演男優賞候補を挙げるなら間違いなく護国真人はその一人ですね。
もうこのお方を前にしては
「清についたからって無条件に売国奴のレッテルを貼られるのは理不尽だ」
なーんてこだわりはぜんぶどうでもよくなります(笑)
だって悪役なんだもの。この一言で、納得しちゃうというのは、さすがというほかはありません。
物語全体を通して見ると、ラストバトルへ向けての
段階的な盛り上がりというものにはちょっと欠けており、
「全体の終わりも近いから、それじゃラスボス戦この辺で行っとく?」みたいな
前も書いたように、かなりなし崩し的になだれこんだ感はありましたが、
まあその辺はアクションの勢いでカバーということで。
いやはや、実に美味しいお方でした。
| 程青竹 |
 | 師父と道長という二大爺巨頭が 結構早々と舞台裏に引っ込んでしまい、 爺不在になりかけた状況で これまたやはり物語三分の一を過ぎたあたりで登場 以後、承志の参謀役としてずっと出張ってくれたのが こちらの癒し系爺ちゃん・青竹爺こと程幇主であります。 やはりなんだかんだいって画面に爺がいないと 彩りに欠ける(←いまさら間違いとか言わないように) というのはまぎれもない事実であり、 |
そういう意味からもこの爺ちゃんの存在はとてもありがたかったのであります。
そしてもちろん、単なる置物ではなく、
江湖で長年過ごしてきた経験によって培われた知識と洞察力
そして当然、武功の使い手としてもちろん最強レベルには程遠いのだけど
少なくとも無礼者を涼しい顔でとっちめるくらいには十分すぎる達人っぷり。
承志がずっと相談役としてこの爺ちゃんを側に置いていたのも
実にうなずける話であります。
お屋敷でもいっつも袁大哥の隣で上座に座ってたしね。
袁大哥のみならず、みんなから知恵袋的な年長者として敬意を払われていたのでしょう。
そんな青竹爺は、かつて袁崇煥に心酔し仕えていた兄の弟であるということ、
そして阿九の師父であるということ
物語中において、この二つの顔を持っていました。
武林大会編が終わって、
承志の素性を知って、そこから運命を悟った青竹爺は
以後、兄の遺志を継ぐべく承志の仇討ちと崇禎打倒の手助けをすることになり、
9ちゃんが宮廷に帰ってからはずっとこっちの顔がメインになりました。
これはやっぱり、兄の志が遂げられていなかったということ、
そしてそれに連なる承志と出会ったのが自分の運命だと考えたというのは
もちろんそうだと思いますが、
あとはなんだかんだいって、まだ江湖を完全に引退して引きこもるには
そこまで年老いていたというわけでもなかったってのも
あったんじゃないかなーとも思えます。
つまり、承志を助けて民のために明の昏君を討つということ、
そのことに、ある種、没頭していたというか、燃えていたようなところも
あったのではないかということです。
だからこそ、より一層、明の滅亡にあたって阿九のたどった結末に
責任を深く感じてしまったというところも大きかったのかなーと。
自分が自分の事にばかり専心してしまい
かわいい弟子である阿九のことを心配することを忘れた
(そこまで心を割いていなかった)ために、といったような。
各話感想にも書きましたが、ぼろぼろになった阿九を前に
瞳を潤ませる爺ちゃんの姿にはこっちまで胸が痛くなりました。
ともあれ、
当初の目的であった袁崇煥の仇討ちがひとまずは達成され、
その遺児である承志もまた中原を離れて新天地に旅立った以上は
この爺ちゃんも、兄に誓った役目はひとまず終わったと言って良い訳で、
その後、阿九を見守って暮らすというのも決して不幸なことではなく、
むしろたどった道は必ずしも最良ではなかったとはいえ、
ある意味、落ち着くべきところに落ち着いたとも言えるのではないでしょうか。
竹はしなやかだけど芯は強く、そう簡単には折れないのです。
だからきっと、こうして生きてさえいれば、時が経てば傷も癒えることでしょう。
いちおうの続編で9ちゃんがどうなっていようと、
そんなものはもー知らんし関係ないもんね@@
(こういうひとつの完結した物語としての余韻というやつを
ぜんぶ台無しにしてくれるようなことを平気でするからイヤなのだアレは。)