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例によって、ほとんど各話感想のところで
人物についても述べてしまったため、
考えてみたらいまさら改めて書くようなこともない気もする。

そもそもなんでわざわざ最後に人物別にまとめて感想を書いておくのかというと、
吐き出すことは全部吐き出しておいた上で
作品について自分の中で一区切りをつけるというのが主な目的なのだ。
つまりあまり書く気が進まないというのは、
すでに改めて吐き出しておきたいといったよーなものが
自分の中にはもうそれほど残ってはいない(言いたいことは言い尽くした)感が
あるということに他ならないのかも知れないが、

うーむ、まあ、気が向いたら適宜追加するかたちで
ぼちぼち書いていこうかな(結局書くのか)。
まずは主人公+ヒロイン二人で。

最終話までのネタバレを含みますので注意。


袁承志
袁大哥はともすればストレートでクセがなさすぎる上に、
武功レベルも(少なくともドラマ版では)物語開始当初で
かなり最強に近いところに位置し
その後、お約束的に金蛇の力を得て
いちおうはパワーアップも果たしたわけだが、
基本的には一貫してずっと強いままだったと言える。
これは、メイキングでも言われていたが、
この物語が他の金庸作品のような
主人公の成長を描いたものというよりは、
むしろ歴史の流れ、時代の移り変わりと
それに翻弄される人々の姿を描くというのが主旨であったから、ということもあったのだろう。
つまり狂言回しとして、よりスムースにことを進めることを要求されたのが
この袁大哥という主人公の造形であったわけだ。

しかし、だからといって決して魅力に欠けるということはなく、
むしろ総括のところにも書きましたが、
どんな状況でもまっすぐにブレることがほとんどなく
その時々において最も好漢たるにふさわしい行動、判断をしてくれるというのは、
観ている上でかなり爽快であった。
やはり何度も色々なところに書きましたが、
武侠ドラマ(に限らないかも知れないが)は
現実のどうしようもない不条理に直面して
それを主人公、あるいはその他の劇中の人物がスカーン!と打破してくれる、というところに
最高のカタルシスがあるわけで、
観ている側の分身たる主人公がそれをきっちりとやってくれるということは大事だ。
善人が悪者の悪巧みに落とし入れられて苦しんでいる。
そういう時に、その場に「住手(ちょっとまった)!」の掛け声とともに颯爽と現われて
悪者を卓越した武功の腕前でスパスパスパーン!と成敗してくれる。
これは、やっぱり王道的な気持ち良さがある。

それでいて、やっぱり若者らしく、悩む時には結構悩む。
争いを避けて静かに暮らしていたかったのだけど
周りから使命を果たすことを迫られれば葛藤するし、
惚れた女が仇の娘だったと知ればぐらぐらと揺らぐ。
それでも、いつまでもそういったものに引きずられることなく
機に臨んではキッチリと役目を果たす。
この辺りの葛藤の少なさはちょっと物足りないと感じるかも知れないけど、
しかしやはり好男儿の姿は見ていて胸がすくのである。

女関係については、要するに、死に行く温儀に後を託された責任がある上に
天涯孤独で他に行く当てもなくなってしまった青弟を
妹を保護するようなつもりで生涯守っていくことにした…というのが、
たぶん大結局に至っての考えなんだろうとは思うが、
でもやっぱりこれにはちょっと納得がいかない、、というか、
これまでずっとがんばってきて、がんばることに疲れてしまったが故に
新天地を目指して旅立つことにしたわけなんだから、
最後くらいはもうちょっと
自分の気持ちに素直になっても良かったんじゃないかなー、と言いたい。
そこが手放しでこの物語を好きだと言えないポイントか。
まあ、必ずしもハッピーエンドで終わらなきゃいけないってわけでもないんだけどね。



夏青青
わがままで嫉妬心が強く、
途中からはそうでもなくなったが倫理観も欠如という
このいちおうはメインヒロインの青弟
確かにこういうキャラクター設定も、
主人公がある意味ストレートなぶん、変化球としてありかなと思っていたんですが、
まさか最後までずっとそのまま行くとは思わなかった(笑)
しかもこれでも原作に比べるとだいぶマイルドになってるって、
いったい元はどんだけのものだったんでしょうか(^^;
確かに、世の中にはまるっきり自己中心的で
それでいてなぜか劇中では自己中心的だというような指摘は全く受けず、
それをいいことに自分がお姫様扱いされているのが当然とばかりに
周りの迷惑も顧みず、ひたすら好きな男一筋
誰とは言いませんが、そんな人格破綻ヒロインもいますから、
それと比べればまだこの青弟はいちおうは良いところもあります。
旅の中で義侠心も芽生えたようで
苦しむ平民がいたら助けてあげるし、役人の横暴を見れば怒ったりもします。
女友達が悩んでいたり苦しんでいたりしたら
気を使って優しく接してあげたりもします。
そして、悪く言えば「頭が悪い」
でも良く言えば「無邪気、素直、ストレート」
そんな感じで思ったことをスパスパ口に出すその様子は
時に微笑ましいものでしたし、時に痛快でもありました。

んが、それら良いところをぜんぶひっくるめても足りないくらいに
マイナスポイントがでかすぎ(^^;
この異常なまでの嫉妬深さ。これはいったい何事?
確かに屈折した育ち方をして、コンプレックスの塊のような人物ですので
いちど手に入れたものを絶対に手放したくないという
一種の強迫観念に近いものがあるのかも知れない、というのは
理解はできる、のですが…

しかし、そんな自分と、ある意味、最も近いともいえる何紅薬。
彼女の執念と壮絶な最期を目の当たりにしても
何も学ぶところがない…つーか、何の変化も見せていなかった時には
さすがに呆れ果てました。
挙句の果てに、心身ともにボロボロになった阿九を前にして
なお「袁大哥はあたしのものよ」というあの態度。
これはちょっと、最悪です。
b i t c h
まさにこの五文字がふさわしいでしょう。
残念ですが、武侠ドラマで大嫌いなヒロイン第二位に
このたびめでたくランクインしてしまいました。
第一位が誰かは聞かないように(←バレバレ)。

最後の最後に来るまでは、多少うっとうしいと感じることはあっても
ここまで決定的じゃなかったんですけどね。
まあ、今回は何だかんだで結局、一気に観てしまった感があるので
いずれもう少しゆったりとした気持ちで二周目を観る時があったら、
あるいはこの評価も変わるかも知れません。

しかし中の人は、あっちではかなりトップクラスに人気の女優さんだそうで、
実は「天下第一」で李亜鵬の奥さん役をやっていたというのを
私は後から知って驚いたんですが(やっぱ髪型違うとぜんぜん印象変わるな)、
今後はこの顔を見るたびにこの失敗ヒロインのことを思い出して
ネガティブなイメージが定着してしまいそうだ。
メイキングではアクションシーンで三十回以上もNGもらっちゃったというのを
何度も言ってたのが印象的だった。
うーん、しかし、こればっかりは完全に好みの問題になるのだろうが、
青弟のイメージは置いておくとしても、
この人よりもきれいな人、他にたくさんいると思うんですけどね。
なんだかんだいってあっちとこっちではそこまで美的感覚も違うんだろうか。
いわゆる中国人女性っぽい顔だよなーというのは思うので、
やっぱりその辺がウケるのか?



阿九
袁大哥の「心」に最後まであったのは
9ちゃんこと、この亡国の姫君であった。
これについては諸説あるようですが、
少なくともこのドラマ版においては
メイキングで袁承志役の竇智孔も語っていた通り
そういう認識で間違いないと思われます。
袁大哥は心では阿九に惹かれていたのだけど、
理性から青弟の側にいることを結果的に選択した。
まあ、それについてはもう上にさんざん書いたので置いておくとして、
阿九自身についてである。
王宮を出て自由気ままに師父と江湖を渡りたい。
そう考えていた無邪気なお姫様はやがて愛する人に出会い、
そしてその愛する人の父親を殺した仇は自分の父であり、
仇討ちのため、そして天下の民のために愛する人は自分の父を殺そうとしている。
このことを知ってしまった阿九は
もう無邪気な娘ではいられなくなってしまったのでした。
つまり、これまでに何度も書いた通り、この娘は限りなく情が深かったのだ。
父親のことはもう関係なくて、自分は自分の幸せを求める。
そういう風に割り切ることは出来なかったんだよね。
もちろん、自分が相手の父を殺した仇の娘であるということについての
責任感(もちろんこれは本来、阿九が感じる必要はないことなのだが)、
そして、さらに娘として、父を愛しているという親子の情。
この二つにがんじがらめに縛られて、
結局、阿九は親子の情を選んだのでした。

たぶん、置いておくとか言いながらまた蒸し返しますが、
袁大哥の側に青弟がいなかったとしたら、
間違いなく結末は違ったものになっていただろうと思う。
青弟がずっと引き止めていたからこそ
袁大哥は一歩踏み込んでくることができなかったわけだし、
また阿九のほうも、自分がいなくても愛する人は大丈夫だ、という風に
身を引くことになってしまったわけだし。
そう考えると、もー、ほんとアレはつくづく罪深い女だと思う(^^;
しかも本人はぜんぜん悪びれてないところがまた…

イカン、気を抜くとすぐそっちに話が…(^^;
本当なら、阿九の側について、その痛みを分かち合い
癒してあげるべきだったのは袁大哥だったのだ。
しかし袁大哥はそれを選ぶことはできなかった。
うーん、やはり9ちゃんのことは
考えれば考えるほどどつぼにはまって気が滅入るね(^^;
ほんと、ダメな父親をさっさと吹っ切ることさえ出来ていたらなぁ。
まあ、最後は、最初に思っていたものと形は違うとはいえ、
優しい師父と一緒に世俗のしがらみを離れて暮らしていくことにはなったのだから、
いつか救いもあることでしょう。

あとなんか一応、年代的にはこの少し後にあたる同じ金庸作品の「鹿鼎記」で
9ちゃんは尼僧九難として登場するらしいのですが、
はっきり言って金庸作品で「続編」というものに期待をすると後悔すると言うのは
「神雕侠侶」ですでに学習済みなので(^^;
その辺の存在については考えないことにしておいたほうが良さそうだ。
(「単一の作品」としてどうか、という話は別としてね。)


 
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