2005年 韓国
原題:弓--------------
海の上に、一人の老人が暮らしていた。
釣り船をやって生計を立てるその老人には夢があった。
十年前にどこからか拾ってきて以来、慈しみ育てている一人の娘。
彼女が十七歳の誕生日を迎える日が来たら、結婚して添い遂げることだ。
その時は、三ヵ月後に迫っていた…
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映画を撮っているのはキム・ギドクという結構有名な監督さんですが、
もともと韓国映画をぜんぜん観ない私は知りませんでした。
この映画は、結構以前に存在を知って面白そうだなーと思ったのですが
(やはり爺好きとしてシチュエーションやテーマに何とも惹かれます)、
その後、観る機会がなくずっと忘れておりました。
で、今回ひょっこり記憶の淵から浮かび上がってきたため
借りて観ることにした、と、そういう次第。
というわけで鑑賞したわけですが…
いや〜、これはなんというか、「美しい」映画でした。
この映画、台詞はぜんぜんありません。
海の上の船が舞台となっているわけなのですが、
基本的に言葉を話すのは「老人と少女」以外(=釣りに来る客)だけです。
二人は表情と目、仕草だけで演技をするんですね。
それだけで、観ている方には見事に二人の間の感情の揺れ動きが伝わってくる。これは凄い。
この言葉(台詞)がないということは、
物語の「浮世から離れた船の上だけの世界」を表現するために
ものすごく効果的に働いています。
ともすれば、これはシチュエーションとして
「自分の性欲のために女の子をさらってきて育てている変態爺」の話という
見方になってしまってもおかしくはないわけです。
でもそれがまったくない。
これはやはりこの徹底した独特の空気によるものでしょう。
そして劇中で他に何かを語るものといえば
老人の弓、そして弓の弦が奏でる二胡の調べだけです。
この音楽がまた素晴らしかった。

と、アウトラインとしてはそんなところでしょうか。
この映画はあれこれ言うと興を損ねますので、
とにかく観ましょう。
(毎回毎回、もう少しオススメの際のボキャブラリが豊富だと良いのですが)
とりたてて爺好きというわけではなくても…
というよりむしろ、爺とかそういうのは関係なく、
ちょっと不思議な愛のお話として、良い映画でした。
↓以下ネタバレ
・わざわざネタバレ項目に分けておいてなんだが、
すでに映画の内容だけでもう十分に完結しているので、
書くこともあまりないような気がしてきた(^^;
・老人と少女の関係というのは、
外の環境から隔絶された世界、ということで
確かにこの現代においては不健全なものだというのは事実なのかも知れない。
ただ、なんというか、言い表すのが難しいのだが
世の汚れとは無縁の世界というか。
あそこに存在したのは、「きれいな世界」だというのも確かですよね。
だから、あの青年によって携帯音楽プレイヤーという不自然なものが持ち込まれた時に
私はものすごく抵抗感がありました。
その後、あの男が「少女のことを考えろ」といったよーな、
ある意味、観てる側の常識では真っ当な指摘なんだが、
当たり前のことを言い出したのも何を余計なことを、と感じた。
・これは、
老人と少女は、男と女の関係だったのか、
それとも父と娘の関係だったのか、という問題だ。
これははっきりどっちだった、と区別できるものでもないと思うが。
ただ、父と娘の関係という点からいうと
確かにあの世界は不健全ではあるんだよね。
(居心地は良いのだけど)
で、少なくとも少女と老人の関係が対等ではなく
老人が保護者という立場でもある以上は、
少なからずそういう面もあったのではないかと。
・だからこの物語に決着がつくとしたら、
たぶんまっとうなお話なら
このまま二人だけの世界がずっと続く…という終わり方にはならないだろう、というのは
観ている間、感じてはいた。
で、いくつか結末を考えたのだけど、
その中でも実際の結末は、
・少女は一度は自分を束縛する老人の愛を拒絶するんだけど、
やっぱり命を懸けてまでの老人からの愛を悟ってそれを受け入れ、
で、老人は夢を遂げるんだけど、実際に肉体的な繋がりには至らず、
空に放った矢が少女を女にして終わった。
(これこそ父性からの卒業の象徴というやつでしょうか。)
しんみりとしたものは残るのだけど、
やはりこれ以上ない美しい終わり方だったと思う。
・老人は、少女が去ろうとした時に
一度は首にロープを巻いたのだけど、
途中であまりの苦しさに自分からロープを切ろうとしましたよね。
結果的には、少女のほうがロープを切って、老人はナイフを隠しましたが、
これは老人の人間臭さを表現しているのと同時に、
この時にもしかするとこの人は
自分がそこまで(自分の命をまったく顧みないほどに)
一人の人間としての少女の人生を受け持つ(責任を取る、とも言い換えられるか)ことは
できないのだと悟ったのかも知れません。
それがあっての、最後だったのかもね。
・まあ、最後に蛇足なんですが、
映画の観方なんてのはそれこそ人それぞれだから
他人様の感想にケチをつけることほどみっともないことはないわけなんですが、
この映画を最後まで観ておいて
一番最初に書いたような「変態爺の話」としか観れないような人は
正直、あまりにも
<自粛>というか、少なくとも友達にはなりたくないですね。
(いや、ネタとして言う分には良いのですが。)