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2008.01.03 尋秦記16
今回のEDも、また違う歌だった。
このドラマは一話ごとの〆る場所とか、
毎回まんなかに入るアイキャッチのそれぞれの入り方とか、
細かい小技にかなり気を使っているという印象だ。
終了間際のなんとも甘い余韻が
いつもと違う歌によって、効果を高められているんだよなー。
この辺、ある種、突き放したように時間が来たからハイ終わり、で
マイペースに同じEDを流す大陸のドラマとの
(どっちが上下の問題ではなく)違いが見て取れて面白い。


第十六集 討論会
◎できごと
・烏廷芳を差し出したことによって連晉はろうあいに認められたが、
純潔を奪われた烏廷芳は身投げした。
連晉は自分をこの運命に追いやった項少龍への憎しみを新たに、
ろうあいの下で剣客としての修行を開始した。

・水榭(すいしゃ)での討論会に招かれた項少龍は
いつものように未来の知識を披露し、座の人々の尊敬を集めながら
同時に信陵君の企みを阻止して魯公秘録の奪還に成功した。

・目的を果たし、魏を脱出しようとした矢先に、
魏太子によって婚礼が早められたため趙倩が王宮へ連れ去られていた。
救出の最中に趙倩が負傷し、項少龍は流れで龍陽君にかくまわれることになった。


------------------

◎人物まとめ
・項少龍(こう・しょうりゅう)
おま、ちょ、ネタバラシしすぎだろw
この物知り大王、「婦人と老婆」の絵をそらで書けるのにも笑った。
しかもなんかそれでちゃんと説明の筋が通っちゃってるっぽいからまた可笑しい。
本人はその気はないのに必死こいてがんばった結果
またもや他人に愛情を誤解されるというパターンが発動したようだが、
さてどうなるのでしょう。


・趙雅(ちょう・が)…趙王の妹、趙倩の叔母
計画通りに魯公秘録をゲットしちゃったのはいいんだが、
これからどうするのかというのが見所だ。


・趙倩(ちょう・せい)…趙王の娘
状況が状況とはいえ、矢傷を抜いた直後に
あんな風に風呂にザブンと浸かって大丈夫なのかしら@@


・信陵君(しんりょうくん)…魏の重臣
初登場の頃は結構キレ者っぽい印象だったんだが、
なんだかことごとく少龍の後手に回っていて
最近は鬱陶しいという感想しかない。
まあ、本筋ではないからいいんだけど、
このドラマ、悪役は割と似たようなタイプが多い感じだよね。


・囂魏牟(きょう・ぎぼう)…信陵君の腹心
ぽこすか好き放題に殴られて気絶という
ひたすらババを引く役でした(笑)


・龍陽君(りゅうようくん)…魏の重臣、鄒衍の弟子
いい人だなこいつは@@
大した好漢だ。


・鄒衍(すう・えん)…魏の名士
今回もこの爺様に視線が釘付けでした。
つーかこの人もちゃんとした実在の人物だったのね。
「これはフィクションだよーん」とか冒頭で毎回言いながらも
まったくのデタラメ、創作というわけでもないらしい。
この微妙なサジ加減はうまいね。


・琴清(きん・せい)…鄒衍の娘、龍陽君の師妹
鄒衍先生のお歳の割に、この娘はだいぶ若いと前に書いたんですが、養女だったのね。
司会進行役をやってただけで何気なく
この人はすごい才女なのだとわかる演出はさすがですね。

++++++++++++++++

・烏廷芳(う・ていほう)…烏應元の娘
そこまでやってしまったか@@
わかりました、そういう容赦のないことでも
時にはやってくれるドラマだと認識することにしましょう@@
しかしなあ、この娘には気の毒だけど、
今回はちょっと自業自得なところもあるよねえ…
少なくとも、連晉を責める資格はないよ。
代価は安くなかったとはいえ、良いお勉強になったことでしょう。


・連晉(れん・しん)…元・趙穆の腹心の刺客
すっぱり情を切り捨てたと思ったら
結構まだ未練たらしいのね(^^;
その辺、いまいち突き抜けっぷりが足りないと感じるが
それもまたこの男のキャラクターか。
これで晴れて項少龍ぶっ殺すとなって
ライバル役としての再登場フラグが正式に成立したわけだ。


(ろうあい)…剣客
毎回、「は は は は は !」という笑い声が
わざとらしく聞こえるのはご愛嬌です。
このパターンだといずれ弟子にSATSUGAIされることになっちゃうと思うんだが、
こういうこと言う人って本人はあんまり将来的なそういう危険性は
考慮していないんだろうか。


-----------------

◎かんそう
・連晉再起編はさくっと終わり
今回は大梁編のほうがメインでした。
しかしあっさりと魯公秘録の入手が成功しちゃったし、
お姫様も助けちゃったしで
大梁編、意外と早く終わっちゃうのかな?
まあサクサク進むのは良いことなんだが
邯鄲編がずいぶんのんびり進んでいたのに比べると
ペースの違いに若干戸惑う。
特にこっちは鄒衍先生とか龍陽君みたいに
キャストとしても邯鄲編より魅力的な感じがあるからね。
もう少しこの辺の人たちと少龍がちゃんと絡むのを観たかったんだが。
(って、まあ大梁編がもう終わるのを前提に話すのは気が早いですが)

・これはこのドラマのそもそものお話としての構造上の問題なんだけど、
うーん、なんと言えばいいのか、難しいんですが、
現代の人間が、歴史でしか知らないような時代に実際にタイムトラベルして、
で、歴史上の人物たちとライブでやりとりをするという
このシチュエーション自体はとても楽しいし、萌えます。

ただ主人公の少龍がそのために今ひとつ及び腰なところがあるというか。
結局、今の時点では(この先どーなるのかはわかりませんが)来訪者でしかないんだよね。
具体的に何をどうしろというわけでもないんですが、
今のようにとりあえずの自分の目的達成(未来へ帰る)を至上に行動するのではなく、
ちゃんとした、この時代の人間として活躍する主人公を観てみたいという気もする。
ずっと漠然と感じているのは、この物足りなさだろうか。
まあ、それならそれで別にこのドラマじゃなくても良いじゃん、という反論もあるんだけど。
アレか、例えて言うなら
このドラマはタコヤキ味のポテチで、それはそれで美味しいんだけど
タコヤキも食べたくなると言っているようなものか。
(一応言っておきますが、この例えは優劣の話をしているわけではありません)

 
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