東周列国・戦国篇24

これで残り三つとなった。
この八章は、戦国篇のこれまでの話の中でも
個人的には一番好きかな。


第24集 第八章 笵雎逼仇(之三)
〜笵雎 六国併合の遊説家


趙が魏斉を匿っていることは、実質的に秦に趙を攻める口実を与えていた。
妻の雲娘に、自分たちの恨みのために他人の血を犠牲にするのは止めるよう
たしなめられた笵雎だが、魏斉への復讐を諦めるつもりはない。
そこで一計を案じることにした。
幼なじみの義理から魏斉を匿っている趙の平原君こと趙勝を秦に呼びつけ、
真相を追究すると同時に、そのままなりゆきで彼を拘禁してしまうことにしたのだ。

昭襄王は事後報告でこの件を笵雎から知らされるが不問に帰し、
十日以内に魏斉を引き渡さなければ平原君を解放することはないと趙へ書簡を出した。
趙から返答の使者としてやってきたのは燕人の蔡沢。
彼は恩義のある平原君を救うため秦に来たのであり、
謀略で人を陥れる笵雎が魏斉と同じ道を辿ると諌め
さらに平原君を解放しなければ笵雎の丞相の地位を奪うと公言してみせる。

魏斉は平原君が捕らわれの身になると魏へと逃亡したため、
秦は出征して魏を攻めた。

ニュータイプですか

ついに進退窮まった魏斉は一人、逃亡しようとするが…

啊呀、このひと、ぜんぜん反省してないよ!

部下の兵に討ち取られて首を咸陽へ送られた。
ようやく復讐を果たした笵雎は約束通り平原君を解放し
兵を魏から撤兵させようとするのだが、
昭襄王には別の目論見があった。
今回の一件で秦の圧倒的な力を天下に示した上に、
平原君を手元に押さえておくことによって
さらに魏、引いては趙を落とそうと考えていたのだ。

もう手遅れだもんね〜

蔡沢は笵雎に対する敵意を顕にして必ず丞相の座を奪うと言い放つ。
そして雲娘は信義を違える夫に悲しみながら去って行ってしまった。
物思いに沈む笵雎のところへ鄭安平が現われ、
蔡沢が献じた策が昭襄王に気に入られたと告げた。
笵雎の立場を脅かす者として
蔡沢を早めに片付けてしまうべきだと進言する鄭安平の姿を見て、
笵雎はいつしか自分が指摘された通りに魏斉と同じ道を辿っていたことを悟る。

笵雎は蔡沢に丞相の座を譲ると秦を離れ、魏斉の墓を参り、
最後には雲娘の待つ我が家へと帰り着いたのだった。

この上ないめでたしめでたしT_T

----------------------

・途中まではオイオイ、なんで笵雎がみんなから当然のように悪者扱いされてるんだよ
とちょっと苛々したのだが(嫁さんが出て行くシーンでピークに達した)、
限りなく美しくまとまった最後で帳消しになった。
いやー、いい話だったねT_T
(と、単純に騙される私)
実にすっきりと終わって、なんだかこのまま「戦国篇」ラストでもいい気がした(笑)

・でもやっぱり蔡沢やら雲娘やら平原君やらに批難されるのはちょっと頭に来るよな。
こっちとしては、笵雎が味わってきた苦労を見てきて
笵雎には復讐する権利があるし、男としてかつて彼がつかめたかも知れない志を
実現することだって十分良いと思うんだから、
部外者のあんたらにゴチャゴチャ言われる筋合いはないっつーの、みたいな。

・まあ雲娘の場合はいちおう部外者ではないわけだが…
でもなんか祖国祖国うるさい感じはしたね。
この辺は、私があんまりナショナリズムというものを体感しづらい日本人だから
というのもあるかも知れんが。

・昭襄王は笵雎の復讐パワーに便乗していたというところも確かにあるのかも知れんが、
でもだからといって腹黒い冷徹な情のない人だった…というわけでもないとは思う。
必ずしも先を読んでこうなることがわかっていたからというのが動機ではなく、
笵雎の身の上に同情するというところも、もちろんあったんじゃないだろうか。
まあ、とりあえずこのおっさんの話ももっとたくさんあるはずなわけで、
ドラマとしてそういうのを見てみたいという気持ちを
少なくとも感じさせてくれるくらいには魅力的であったね。

・それにしても、魏斉ってやってることはかなりアレな割に
やたらと友達や主君には恵まれてるよね(笑)
うーん、ふしぎだ。
ほんと、順風満帆にやってたところで
まさかこんな風に足元をすくわれてドン底に落ちることになるなんて
考えもしなかっただろうなぁ。


++++++++++++++++++++++++++
(08, 8/18追記)

片尾曲歌詞の抄訳(要約?)ができたので、
ついでにこちらにも書き足しを。
やっぱり、改めて歌詞の意味がとれると、本編の内容もだいぶしっくりときました。
歌詞のほうにも書きましたが、「式微式微」
つまり世の中というのは、これまでずっと観てきたとおりに、
結局陽極まれば陰になり、栄華も名声もなんてことはない、相対的なものでしかない。
そんな世の中に身を置いてあがいたりせずに
帰れる場所があるのだから、どうして帰らないんですか?と
そういう歌だったんですね、あれは。

だからこそ、最後にそういった選択をして物語を終え、
平穏を得た笵雎の姿というのが実に美しく感じられるわけです。
これって期せずしてか、前章・田単復国とだいぶ対照的になっているようでもあります。
片方は夢に突き動かされていつまでも歩き続け、
片方は歩みを止めて静かな平穏を得る。
「邯鄲の夢」なんて逸話もそうですが、ここには功名やら何やらを求めてあくせく生きるよりも
静かに世を離れて隠れて暮らすことの幸せというのが描かれているように感じます。
かといって、楽毅のような生き方が魅力がないものかというと、
決してそうとも言い切れないわけで、これはやはり人の性の難しさというやつでしょうか。

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コメント

小生もこの章は大好きです。このドラマの中でも、結構異彩を放っている(?)と思います。かえすがえすも、范雎の中の人がよかったのですね。この章の一回目で、天を仰いで復讐を誓う場面など圧巻でした。
ところで、徐福来ですが、あの人は「水滸伝」のどこに出ていたのでしょうか。
by: 静香山人 * 2008/06/05 09:30 * URL [ 編集] | page top↑
>静香山人さん
戦国編って基本的に六国が秦に併合されるまでの流れなので、
滅びの色があるというか、章がひとつ終わって、
主人公(的な配置の人)が幸せになって終わることがないんですよね。
その中で、この章だけ例外的にめでたしめでたし、となるので
私もそこが好きなのかも知れません。

>徐福来
えーと、確認できる限りでは第三集で五台山文殊院の首座をやっていた時と、
第十二集で白勝が入り浸ってた賭場の場面ですね。
第三集のほうは各話感想のとこにも写真載せておきました。
「確認できる限り」なので、たぶん他にも
もうちょっとちょこちょこ出ててもおかしくはないと思います(笑)
by: Manbo * 2008/06/05 13:41 * URL [ 編集] | page top↑

雲娘には十分同情の余地はありますが、「いつから秦の人になったのですか」などというのは、やはり嫌味たらしいというか、褒められたものではないと思います。この中の人も悪くないのですが。
by: 静香山人 * 2008/06/05 21:31 * URL [ 編集] | page top↑
>静香山人さん
そうですね、観ている方としてはやっぱり
笵雎がさんざん苦労してきているのを見てきているので
当然それに感情移入してしまっているわけで、
今の状況になったのも、決して自分から望んでそうしたわけではなく
止むに止まれぬ事情で国を捨てざるを得なかったというのがあるんですよね。
だから秦王に恩を返したいという笵雎の気持ちも当然わかるわけで。
それなのに、ここで周りから「まるで自分から権力や名声を望んでいるのではないか」みたいな
権力の亡者的な糾弾をされるというのは、ちょっとお門違いな批判ではないかと感じます。
まあ、「オリキャラのくせに何をえらそうに」って気持ちも正直ありますが(笑)
ただまあ、結果的にそのことが笵雎が足を止めて
自分を振り返るきっかけのひとつとなったという点では、
結果オーライなのかな、という感じもしますね。
by: Manbo * 2008/06/05 23:12 * URL [ 編集] | page top↑

>隠れて暮らすことのしあわせ
確かにそうなのですが、そうわかっていても、やはり人間は楽毅のような道を進みがちなのでしょう。結果として商鞅や呂不韋のようになると知りつつも、なお踏みとどまることができなくなってしまうわけで、早い話が曹操にしても、最初はさして権力を得たいとは思っていなかったのですが、晩年になって高位を手にしてからは、公や王の位をも望むようになったのですから。そこを踏みとどまってみせてくれる(みせてくれるというのも変ですが)のが范雎なのではないでしょうか。後の張良や陶淵明にも同じことがいえるのですが。こういう知足安分といいますか、そういう姿勢には、かえすがえすも頭が下がりますね。
by: 静香山人 * 2008/08/19 23:36 * URL [ 編集] | page top↑
>静香山人さん
もうちょっと前の時代では、笵蠡なんかも割とこのパターンに近いですよね。
あと張良の場合は、なんつーか、
逆に「そうしないと本格的にヤバそうだった」ってのもありそうですが(^^;

結局のところ不幸になるかどうかというのは自分次第というか、
要するに、どんな道を選んだにせよ、自分の選択に後悔がなければ、
たとえどこか途中でのたれ死ぬことになったとしても
それでいいんじゃないかなというのが私の考えであります。
by: Manbo * 2008/08/20 04:03 * URL [ 編集] | page top↑

 私も途中まで「復讐は果たしたけれど、代わりにすべてを失った」というよくあるバッドエンドか?と思ってあうあうしてたんですが、きれいに収まってほっとしました。
 
 雲娘に関しては、ナショナリズムと言うよりは、むしろ夫に復讐のためだけに生きるような人になって欲しくない、という方が強いように思いました。だから、出て行くときに「一緒に行きましょう」と言ったんだろうし。
by: うちゃ * 2008/08/31 16:35 * URL [ 編集] | page top↑
>うちゃさん
雲娘については私も改めて観返してみたら感想が変わるかも知れませんが、
なんといいますか、確かにおっしゃる通り復讐に取り付かれた生き方をすることを
危惧しているというのもあるとは思うんですが、
観ていて感じたこととしては、笵雎が「秦のために」働いていることを
あれこれと批難しているように思えたんですよ。
まあ元々の笵雎自身はそういった積極的に世の中の喧騒に関わるような生き方を望んではいなかったわけで、
そういう彼を取り戻したいという考え自体は理解できるし、
実際そのように物語が収束したことは素直に気持ちが良いと思えるのですが…
by: Manbo * 2008/08/31 23:06 * URL [ 編集] | page top↑

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