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第六章のエンディングは詩経・小雅の車攻という詩なんだけど、
アカペラで歌うメロディもこれまでのものと一変して
軽快なテンポに乗せての勇壮な曲で良いね。


第16集 第六章 趙武霊王(之一)
~胡服騎射


趙の国では国王・武霊王自らが出征した東の胡人との戦に大敗し、
武霊王の次男、公子何は父の姿を求めて戦場跡をさ迷っていた。
戦勝に湧く胡人のところへ捕えられ連行されてきた公子何は
胡人に扮してその中に潜んでいた父、武霊王により助け出され
親子は辛くも窮地を脱する。

趙の朝廷では、この武霊王の行為を伝統的な礼法に失するものとして
糾弾する意見が広まっていた。

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しかし武霊王は逆に胡人から学ぼうとし、
彼らのように引き締まった服装をし、車の代わりに馬を用いることを
推し進めようと考えていた。
公子何は三人の息子の中で武霊王から最も目をかけられていたのだが、
彼もまた仁愛や礼法といったものを重んじるべきだとしており、
そのことは実用主義の武霊王を苛立たせる。

親の心、子知らず?

叔父の趙成やその他重臣たちの反対を押し切り
武霊王は趙の国内に胡服を徹底させた。

いい歳してそんな格好させんでください

武霊王の夫人であり、公子何の実の母でもある皇后の呉娃は
武霊王の寵愛を受けていたが、
彼女は母として公子何を太子(王位後継者)の座につけたい。
ある晩、それを口にした呉娃に腹を立てた武霊王は彼女を足蹴にするが、
それを見た公子何は剣を抜いて父に母に謝るよう迫った。

うん、これはこれで仁義礼法に反しまくってると思うんですが…

しかし武霊王はこれを不問に帰した上に、公子何を太子に定めた。

さて兵馬を整え、胡人への雪辱戦に出征となったのだが、
重臣の何人かが姿を現さない。
武霊王は胡服制度に反対する趙成が彼らを唆したとして、
他の臣たちや太子の助命嘆願の中、趙成の処刑を命じたのだった。

しかし形から入るのは大事とはいえ、帽子までこんなのにする必要はあるんだろうか…?

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・新しい物語は
前回書いたように秦一辺倒な流れになるわけでもなく、
これはこれでなかなか面白そうだぞ。

・なんか戦国時代も中期をすぎた今になって
未だに礼法云々とか仁愛とか言ってるのにちょっと違和感があったんだが…
そういうのって、春秋末期に全部終わったんじゃなかったの??

・まあその点を気にしさえしなければ、
普通に楽しめる話ではある。
武霊王はラディカルなところがいろいろ後に禍を呼びそうだが
とりあえず決断力があって迷いのない王様ってことでなかなか格好良いし。

・でも、服まで徹底させる必然性ってあるんだろうか?(笑)
戦場での格好はまだいいとして、
普段着とか礼服は別にそのままでもいいと思うんだけど…

・そして公子何もなんなんだろう。
武霊王は公子何を買っているってのはわかるんだけど、
その割には結構マジギレっぽい感じで殺そうとしてるようなところも見られるし…
妙な親子関係だ。
でも公子何のほうも子供だからあまり父王のそういった機微を感じ取れず
そのうち本気で敵対しそうな気もする。うーむ…

・長男の章は問題外として、個人的には三男の勝が
いちばん機転の利いた答えをしてるように思ったんだけど、
コイツは調子良すぎてだめってことなんだろうか?

・どーでもいいけど、子供に対する愛称の「阿~」を
「~君」って訳す字幕はちょっと変だよね…
例えば「阿何」だったら字幕は普通に「何」にしときゃいいのに。

・あと時々BGMで流れてた鐘の「ボーンボンボーン」ってアレは
あの吊るしてある鐘の音だったんですね@@
今さら知った!

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