鬼谷子の弟子、蘇秦と張儀の二人は
共に別の主君に仕えて身を立てる勝負を志し、鬼谷を後にした。
マテ、それはどうなんだ?@@蘇秦がまず向かったのは当時、衛鞅の変法によって上り調子の秦。
しかし秦の恵文王(太子駟)は外から来た衛鞅に散々な思いをした経験から
彼を冷たく追い返す。
出だしから早くも躓いた蘇秦は失意を隠せず、万言の書を焼き捨てた。
この日のために一生懸命縫い上げたのにね(笑) (いや、描いたのか?)一方、楚にやってきた張儀は中大夫の靳尚(きんしょう)の屋敷に居候していた。
下女の鄭袖といい仲になったりしながらも身を立てる機会を窺う張儀だが
令尹府へ売り込みに行ったその日に折悪く令尹の璧が盗まれるという事件が発生。
張儀は兵士にひっ捕えられそうになりながらも何とか自分を売り込もうとするのだが
相手は聞く耳持たず、叩き出された。
なにやってるんでしょうこの人は…張儀はいつか楚を奪うことを期して、他国へと出て行った。
秦を出た蘇秦は趙へ行き、秦の脅威に対抗するため六国で同盟をする合従の策を説く。
しかし利害が絡むのに六国で同盟などできるはずがないと一蹴され
国王に会うことすらままならない。
絶望した蘇秦は毒杯を呷って死のうとするのだが、
師父!?@@密かに弟子を見守っていた鬼谷子が番頭に指示したために自害は阻止され、
さらに鬼谷子の陰符を授けられて志を新たに北の燕へと向かう。
番頭を従えて燕の都にやってきた蘇秦は国王の文侯夫人に気に入られ、
屋敷に呼びつけられた末に強引に床を共にされてしまった。
えーーーー??@@そのおかげもあって合従の策は文侯に聞き入れられ、
蘇秦は上卿に任じられて各国を同盟のための説得の使者として周ることになった。
使者として再び趙へ来た蘇秦は趙の国王・粛侯と面会し、
利害を説いて合従の策を受け入れさせることに成功する。
さらに趙の宰相に任命され、残る四国へと向かおうとするのだが、
そこへ物々しい様子の兵たちが押しかけた。
魏が秦と講和したため、秦軍が趙の国境へ迫っているので、
撃退の策を出すか、さもなくば蘇秦の首を秦に捧げて講和しようと粛侯は考えたのだ。
この後ろのコイツの何も理解してないマヌケな顔!節操のない国王の態度に呆れる番頭だが、蘇秦は焦ることもなく
着々と秦軍撃退の策を練っていた…
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・前章から引き続いて蘇秦と張儀が主役になりました。
前の章では割とドロドロした感じに同門対決が行われることになったが、
今度ははじめから「よっしゃ、勝負!」って感じなので
今のところまだ気楽に見ていられるのは良いな。
やっぱ同門で一緒に修行をしていると
どっちのほうが上なのか競ってみたくなるってことなのかね。
・それにしてもなんか、どこの国に行っても
みなさんえらく覇気がなくなってるのにちょっとビックリ。
ハテ、もともとこんなもんだっけ??
・で、やっぱり前に書いた通り
年代的には今は衛鞅の話が終わってしばらく後なわけだ。
なので、恵文王も太子駟なのね。
でもなんか衛鞅の変法と改革のおかげで
各国に名を知られるくらいに秦も強大になったってのに
衛鞅が厄介者扱いされてるのがちょっと納得行かんが…
まあアレからすぐ後だし、仕方のないことではあるのか…
・ところで冒頭で二人は師兄二人の墓の前みたいなところで誓い合ってたけど、
いくらなんでも孫臏(そんぴん)はまだ死んでないよね??
あれは墓ではなくもにゅめんとみたいなものなんだろうか?
・唐突にすごい展開になるちゃっかり文侯夫人には笑った。
あと令尹府から叩き出された張儀もまるでギャグみたいだ。
今回は冒頭の秦王宮のアレといい
なんか全体的にノリがおかしい場所がいくつかあったな(笑)
・説明に無駄におにゃのこを使ったり、服に地図書いたり
一見するとバカバカしいんだけど、
でも考えてみると弁舌家として自分を売り込むには
こういう派手なパフォーマンスで印象付けることが必要ってことなのかも。
・そして蘇秦についてきたこの番頭は
未だに名前が明かされていないのだった@@
この人本当、見るからに頭悪そうな味のある顔がいいなぁ。