東周列国・戦国篇12

気がつかないうちに結構年代が進んでたのね@@
いま紀元前350年あたりか。
秦の統一が紀元前221年だから、だいたいあと百年ちょいだな。


第12集 第四章 孫龐闘智(之三)
〜孫臏と龐涓 盟友の裏切り


龐涓(ほうけん)率いる魏軍が趙を攻めた。
魏の三晋併合を阻止すべく斉は援軍を出すことにするのだが
勢いに乗った魏軍と直接当たれば不利は免れない。
そこで孫臏(そんぴん)の献策により斉軍は
魏の都を直接攻めることにより魏の本隊を牽制、
その帰路を待ち伏せて勝利を収めた。
孫臏は戦場で龐涓と邂逅するのだが、
すんでのところで龐涓は一命を取り留め逃走した。

諸葛亮が車に乗ってたのってもしかしてこの孫臏のパクリだったのか?(笑)

大勝して凱旋したものの鬱々とした様子の孫臏の下へ、彼を追って龐英がやってきた。
再会を喜ぶ孫臏だったが、「兄の罪滅ぼしにきた」という言葉を聞くと彼女を拒絶し
憂さを晴らすように宮女たちを使って陣法を編み出そうとする。
その様子を見て彼が変わってしまったと心を痛める英児は去ろうとするが、
孫臏は彼女に自分は官職を辞して鬼谷へ戻るので仲直りしないかと
兄に伝えるよう頼んだ。

これを聞いた龐涓は好機とばかりに韓討伐の兵を起こす。
孫臏は自分が軍から離れたとの知らせによって龐涓をおびき寄せようとしており、
逆にまた龐涓も出兵することによって孫臏をおびき寄せ、決着をつけようとしていた。
竈の数を減らして兵の数が減るよう見せかけたり
故郷を思う歌を歌わせて士気低下を装ったりと
両者は智略を尽くしてぶつかりあう。

あの男(孔明)、カマド減らしの計もパクってたしな… やっぱ孫臏のファンだったのか。
それでスタイルまで真似て大物ぶるところが逆に小物ちっくでかわいらしくはあるけど(笑)


そんなある晩、孫臏と龐涓、それぞれの陣幕を二人の人物が訪ねた。
鬼谷子の弟子であり、彼らの師弟にあたる蘇秦と張儀である。
龐英に頼まれた鬼谷子の命により
二人は両者の仲を取り持つためにやって来たのである。

わずかな護衛のみを引き連れて対面する孫臏と龐涓。

特に雑兵はたまらんよな

しかしすでに両者の間で流れた時は戻らなかった。
孫臏はこの会見を偽って魏王に知らせ、龐涓の援軍を阻止していたのだ。
両軍はぶつかり合い、斉が勝利した。
孫臏は最後に龐涓に頼まれた通り、彼を鬼谷に葬ろうと探すのだが
旗の下に埋もれたその亡骸は見つからない。
夕暮れの中にただ孫臏が龐涓を呼ぶ声がこだましていた…

かなしいね

---------------------

・どうしてこうなってしまったのやら…

・今回は普段以上に思惑が行ったり来たりしていたので
途中、やや混乱をきたした。
(特に誘き出すとかなんとかその辺り)
しかしとりあえず龐涓も決して無能というわけではなく
天才の孫臏に比べると一枚か二枚劣るというくらいには
レベル高いってことだな。

・要するに、最後に両者を分けたのは土壇場でどこまで非情になれたのか
ということだったのだろう。
龐涓にはそれができなくて、孫臏はそれをやった。

・しかし孫臏が龐涓へ向ける気持ちは決して憎しみや恨みだけというわけでもなく、
斉へ来ても彼の気持ちを理解する者はおらずに孤独なままであり
(英児ですらもそれには該当しなかった。)、
彼が幸せだったのかというと、それはなんとも言い難い。
壊れた器は元には戻らなかったのでした。寂しいのう。

・あと孫臏が英児を拒絶したのは
純粋な想いだけの仲だったはずなのに
彼女の中に「罪滅ぼしのため」という純粋ではないものを見てしまったからか。

・そういえば英児に「自分の陣法は全部龐涓に教えた」と言っていた点と
最後の対面で「偽りの兵法書で命拾いを…」」と言われていた点
この二つを考えると、孫臏には最初から「家伝の兵法書」なんて
なかったってことか??という結論が導き出せる。
となると、そもそもいろいろ他にも要因はあったものの
その「家伝の兵法書」というハッタリの存在が引き金となって
龐涓が孫臏を陥れることになってしまったわけなのだから、
なんと業が深いことか@@

・まあしかしそれが本当かどうかは別としても
どちらにせよ師父に予言されていた通り、二人は不倶戴天だったことには
変わりはないのかも知れん。
蘇秦と張儀は誤解と言ってたけど、そうじゃないんだよね。

・時間軸的にはこの後、
この機会に付け込んだ秦が魏を攻めて
公子昴殺害事件その他が起きたわけだな。
次章は今回、顔見せがあった張儀と蘇秦の物語のようだ。

・ところでかなり今さらながら知ったんだけど
今の斉って、すでに田氏が国王になってたのね@@


++++++++++++++++++++++++++
(08,8/11追記)

これまた以前、別の場所でやった考察を再編して書き足しておこう。

孫臏は最初から最後までずっと、
どちらかというと喜んで戦うというよりは、
「そうせざるを得ない状況になったから」ホウ涓と戦ったというように見えました。

この第四章最終回で、
まず最初に「囲魏救趙」によって龐涓を破った際、
勝利を喜ぶ斉の宮廷で一人、孫臏は浮かない顔をしています。
田忌に「龐涓を逃したことを残念に思っているのか?」と尋ねられても返事はせず、
逆に龐涓が今何をして、何を考えているのかに思いをめぐらせています。
これは決して龐涓が次にどのような手を打ってくるか、といったことや、
龐涓を捕えられなかったことを悔やんだりしているわけではなく、
むしろ「どうして龐涓と自分がお互いこのような立場になってしまったのか」、
「自分に敗れて逃走した今、龐涓は何を思っているのだろうか?」
といったようなことを考えているように見えます。
何というか、周囲からこの人はとても浮いて見えるんですよね。

一番最後の場面でも、
自軍の勝利、それに龐涓の死を伝えられて
田忌や周りの将兵はやはり喜んでいるのですが、
孫臏はここでもやはり表情を変えず、鬱々としたままです。
龐涓の遺体を自分で捜しに行くと言うのは、
「にっくき龐涓が本当に死んだかどうか確かめる」とか
「龐涓が生き延びていたら厄介だから死んだかどうか確かめる」というよりも、
戦いがもう終わったのだから(=もう龐涓は潰すべき敵ではなくなった)、
何としても最後に交わした約束を果たそうという心の表れなのではないでしょうか。

斉へ行った孫臏は、そんな元・師兄への複雑な思いを
誰にも理解してもらえずとても孤独だったのではないかという気がします。
少し前の二人の邂逅の場面で、孫臏は
「自分は決して自分から人を陥れるようなことはしないが、やるからには徹底して潰す」
と言っています。
それに対し、龐涓はこれまでにも何度も孫臏を殺せる機会はあったのですが、
ぎりぎりのところで情に負けてそれをしませんでした(できませんでした)。
最初に魏で冤罪により牢に送っておきながら、情にほだされて脱獄させてやろうとしたり、
あるいは狂人を装う孫臏に対して田忌と弓の勝負をした時でも
後攻の龐涓は孫臏に狙いを定めながらも、
いざその変わり果てた様を見ると情に負けて勝負を自分から降りています。
(この時、射殺そうと思えば十分にできたはずです。)


さらに対照的なのが、仲違いした後の二人なんですね。
孫臏はずっと鬱々とした表情のまま
魏を出てこの方一度も微笑んだり笑ったりしていません。
(少なくとも画面に移っている間は。)

しかし龐涓のほうは逆にいかにも好敵手を得て楽しそうな様子です。
たぶん龐涓の方からすると、それまでのように天才・孫臏が
後ろから追ってくるという影に怯えることなく、
自分の思う通りに勝負できるということを、むしろ楽しんでいたのかも知れません。
もともとプライドの高い龐涓は、孫臏が師弟である間は、
はっきりとそうだと口に出すこともできず、要するに白黒つけられないんだけど、
でもそのままだと孫臏のほうが自分より勝っているということが、わかってしまっている。
そういう状況がなくなって、逆にせいせいして、これで白黒付けられる、という
解放感があったのではないかと。

この辺りの二人の意識のズレというのも、
邂逅の場面での会話でよく現われていましたよね。
逆に孫臏は龐涓とは違って、師兄と勝負なんかしたくはなかった。
でも、「やるからには徹底してやる」しかなかった。
(孫臏にとって、そうすることが当然、というか、
彼の習性として、そうしないわけにはいかなかった。)
英児を拒絶したのも、その徹底さから来るものもあったんじゃないかという気がします。

結局、最後に明暗を分けたのは勝負への徹底した非情さであり、
孫臏の一番最後の叫びは、そんな自分が
行くところまで行ってしまった(行かざるを得なかった)あげくに
最後の約束を果たすことすらできないとは、という嘆きであるように思えます。

 
中国ドラマ / 東周列国・戦国篇 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
<<東周列国・戦国篇13 | ホーム | 東周列国・戦国篇11>>
コメント
そういえば
あの会見のシーン、龐涓のほうが”勝負”と言い、孫臏のほうは”生死”と言ってるんですよね。龐涓にとっては孫臏に勝つことが重要で、孫臏のほうは生き延びることが目的だったのか。もしかしたら、あの戦い、龐涓が勝っても孫臏を殺すことはやはりためらったかもしれません。
by: うちゃ * 2008/08/15 21:48 * URL [ 編集] | page top↑
>うちゃさん
しかし孫臏をそこまで追い詰めてしまったものはというと、
それはやっぱり本来彼が慕っていたはずの龐涓が
自分を殺そうとしたということなんですよね。
究極的に何が悪いかというと、結局は、やはり自分の自尊心に固執してしまった
龐涓が悪いことは確かなんですが、
それだけですっぱりと切り捨てることはできない
やるせなさといったようなものは後に残ります。
by: Manbo * 2008/08/15 22:09 * URL [ 編集] | page top↑

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://khazad2.blog98.fc2.com/tb.php/216-2ca27bf2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |

プロフィール

Manbo

Author:Manbo
主に武侠ドラマ/古装ドラマの感想ブログです。
---------------------------

「ツンデレ美少女」と「ツンデレ頑固親爺(髭あり)」では割と迷わずに後者を選ぶような人間です。頭を使うのはとても苦手なので思ったことをそのまま書き散らしているようなことが多いです。
古い記事でもコメントなどおきがるにいただけるととても喜びます

現在鑑賞中

→大唐游侠伝


→《放置中》海神
→《放置中》馬鳴風蕭蕭 (中文版)

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

雑記帳

最近のトラックバック

月別アーカイブ

ブログ内検索

リンク

RSSフィード