文侯の二代後、魏恵王の時代。
魏の相国・公叔痤と秦の景監は両国の境、西河で
才気溢れる一人の少年を見出す。
おお、なんかいい話だな〜と思ってたら…幼い頃に父母と別れ、母親代わりの姫娘という女に育てられた
亥と呼ばれるその少年を公叔痤は引き取って育てようとするのだが、
その際に別れを惜しむ心を断ち切るために姫娘を殺そうとする。
しかし姫娘は自分はまだ死ぬわけにはいかないと言い、
代わりに二度と息子に会わない誓いとして自ら両目を潰した。
なんでこうなるの?!@@それから十五年。
衛鞅と名付けられた亥は公叔痤に仕込まれ大きく成長したのだが、
未だ魏王へ推挙されることはなく、鬱々とした日を送っていた。
そんなある日、少梁での秦との戦いに魏は敗れ
公叔痤もまた重傷を負って死に瀕していた。
自分の後任として衛鞅を恵王に推挙し、
もし取り立てないなら殺すべきだと公叔痤は進言するのだが
恵王は無名の衛鞅を馬鹿にし、真面目に取り合わなかった。
だめですなこの王様は公叔痤のこの言葉を知った衛鞅は彼の死を看取った後に魏を出奔した。
秦へと向かう途中、西河に立ち寄った衛鞅だが
荒れ果てた古い我が家の中に姫娘の姿はなかった。
秦では三年前に即位した若い孝公が賢人を募集しており
かつて自分を見出した景監のつてを頼って衛鞅は孝公に引き合わされ…
あ、やっぱりそっちの人だったんですね…法家思想に基づいた自分の考えを存分に述べて取り立てられ、
老臣たちの反対を押し切り改革に着手し始めるのだった。
にしてもこの公子、見事なおひげだ-------------------------
・てなわけで文侯時代はさくっと終わり、
また新たな物語がはじまった。
・今度の主人公・衛鞅はいまのところまだ
頭の良い子という印象くらいしかないかな。
あとはかなりドライな男という感じか。
なんだかんだで十五年育ててもらったんだから
多少なりとも情はなかったのか?
死に行く老人にその態度はちょっとかわいそうすぎる気が…
特に最後にはあっちのほうが折れて「逃してやる」って言ってくれてるのに
さらにトドメ刺すようなこと言うんだもんなぁ…
あんまりそうやって業を積み重ねるとロクな死に方しませんよ@@
・景監は、やっぱそれっぽいと思ってたらほんとに宦官だった(笑)
宦官というと基本的にロクデナシしかいないという印象があったので
こういうマトモな人がいたのはちょっと意外だ。
・で、舞台は秦に移ってきたわけですね。
羊皮の話が出るとこっちも百里爺だとピンときたら
ほんとに言及されてうれしくなってしまった。
あの頃に結構土台を積み重ねたはずが、
その後中原ではサッパリうまくいっておらず
凋落してたというのはちょっとアレだが…
まあ西の異民族の領土ほうではそこまで酷いことにはなってない…と思いたいが、さて。
・そして李悝の法家を学んだというその言葉通り、
実際に孝公に述べた衛鞅の考え方も
前回や前々回に語られたその思想をなぞっているようだ。
変法てのは要するに
パクリ 発展応用ってことか。
・マクロな視点で見てみると、この今の戦国時代の頭の時期というのは
まず春秋時代後期にそれまでの礼法が崩壊して忠も礼もなくなったところで、
新たに法によって国をまとめていこうという動きが出てきたわけなのだな、
ということがわかる。