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章が変わると新しくなるこの詩経エンディングなのだが
背景に流れる映像は普通のドラマと同じくその章の内容の切り張りなので
最初に流れた時は画面の上三分の二を隠しておき歌詞と曲のみを楽しむのが
ネタバレ回避のために吉だ。

で、それはそれとしてこの背景の映像が単純な切り張りではなく、
本編で使われなかったカットなんかもさりげなく入ってたりするんですよね。
なので章が終わる時に映像付きで普通に観てみると
おお、こんなのあったんだなーと
これまたおトクな気分になれるのである。
(今回だと一番最後の年取った文侯のカットとかね。)


第5集 第二章 魏宮惊梦(之二)
~魏文侯と呉起 執念の策略家



夫人の寝室でかつて翟璜(てきこう)のものだった剣を偶然見つけてしまった文侯は
翟璜に疑いを抱くのだが、
呼び出された翟璜の二心を感じさせない態度を見て
ひとまずこのことを心の内に収める。

相国として大権を得た翟璜は文侯の命通りに改革を推し進めるのだが
その強引なやり方は老臣たちの反発を招いた。
かつての中山国相手の敗戦の際に責任を問われたことのある麹伯は
任を解かれることになり、仲間たちとくだをまいていたところへ
翟璜が兵を連れて乗り込み、彼を殺害してしまった。
残った老臣たちは国師・李悝を通して文侯に嘆願書を上奏するが、
差し当たっては翟璜に非はないため、

世渡り上手

翟璜がいくらか釘をさされるだけでこの件は不問に帰された。

やることなすこと過激すぎるんだよちみは

さて、いよいよ力を十分に蓄えた魏は中山に対して雪辱戦を挑み、見事勝利する。
しかしその祝勝の宴席で諸将の彼らを取り立てた翟璜への気持ちが大きくなっているのを見て
文侯は密かに機嫌を損ね、そして李悝もまた油断のない目を光らせるのだった。
翟璜はさらにかつての諫言を根に持ち、彼が追放した老臣たちを捕えて粛清してしまう。

これはさすがに擁護できないよなぁ…

李悝の諫言にも耳を貸さない彼に文侯も頭を痛め、
そして法経を持ち出してたしなめるのだった。

といいつつポツリと一言

その頃、李悝と旧知の仲である呉起が魏の国へ来ていた。
呉起はかつて魯の国に仕えるために自分の妻をも殺したという悪名高い男だが
戦の腕は確からしい。
このことを知った翟璜は、文侯が彼を自分の代わりに据えることを危惧し
その暗殺を企てた。
しかし彼が手下を引き連れて乗り込んだ先には呉起はいたものの、
文侯と李悝も同席していた。

飛んで火に入る…

たちまち謀反人として包囲される翟璜は、呉起に刺されて息絶えた。
今回の一件は翟璜を除くための李悝の策だったのである。

飛び出すの、早っ!

翟璜の首を箱に入れ夫人の下へ持ち帰った文侯であったが、
夫人は箱を開けることもせず、翟璜の剣で自ら命を絶ったのだった。

--------------------

・一話明けたらみんないろいろ黒くなっていたというおはなし。
しかしブラック姜維よろしくやっぱり今回も翟璜は容赦のない粛清を進める様が
実によく似合っていたな(笑)

・夫人は一方的に文侯が非道だとか
かわいそうとか言ってたけど
これってあんまり説得力がないというか
だいぶ勝手な言い分だよな。
「自分では死ぬことができない」というのは
確かに一人の個人として見たらアレなことかも知れないけど、
でも立場として国王ともなれば
それだけ安易に死ぬことを許さず責任を果たすようにと諌めてくれる
素晴らしい臣がいるってことなんだから
むしろ喜ぶべきことだと言えると思うんだが。

・それに結局のところ、翟璜が盛大に自爆したってだけなんだよね(笑)
第二章冒頭の忠義っぷりとかを見てるとちょっとかわいそうな最期ではあるとは思うが、
あの粛清劇は弁護しようがないし、その後の独断専行ぶりもね…
なので、繰り返しになるが、
「用済みになった翟璜を文侯が処分した」というよりは
「身の振り方を誤った翟璜が勝手に自爆した」というのが
今回の話の趣旨だったという印象のほうが強い。
文侯としては別に、夫人との密通疑惑があったとはいえ
あえてわざわざ有能で忠義深い翟璜を処刑する必要もなかったわけだしね…
実際、ほんとに翟璜が会合の場に来た時にはショックを受けて倒れかけたことからも
それがわかるというものです。

・逆に、温厚な人柄を武器に、黒さは腹の底に隠して
実にうまく立ち回っていた李悝のほうが見ていて面白かったな。
でもこの人も単純に黒いというわけではなく、
黒い手段も使うけど基本的にはやっぱり良識人であり、
最後のアレも罠を仕掛けたのはいいけど
翟璜がそこに飛び込んでこなければそれで終わっていたわけで
やはり翟璜が募穴を掘ってしまったと言える。

・なんか今さら突っ込むのも野暮なんだろうけど
日本語の副題、ほとんど関係ないし。
呉起はまさに最後の翟璜始末のためだけに出てきたようなもので
今回のメインは翟璜だったね。


++++++++++++++++++++++++++
(08, 8/10追記)

・以前、別の場所で考察したのですが、付け足しそびれていたので
第二章のぶんのエンディングの歌詞をアップしたついでに
こちらに書き足しておきます。

この第二章のテーマは
魏の文侯と彼をもり立てようとする家臣たちの様子が描かれたわけで、
文侯は結果的に勝者とはなったのですが、
そこに自分の直接的な意思が入る余地がなかったというか、
「自分の思うままにやって勝者となった」というよりは、
ありていにいうと、まわり(家臣)が動いて、勝者にならされた、とも言える感じがあります。

この歌(エンディング)も、はっきりとそう語られているわけではないのですが、
どことなくそんな文侯と家臣たちとの間の
決して「気のおけない関係」ではない様子が表されているようにも感じられます。
エンディングの最後に1カットだけ出てくる、本編未使用の年老いた文侯の姿は
どこかそんな彼の孤独感のようなものが見て取れるような気がするのです。

万事うまくいって、厄介者と化した翟璜もほぼ勝手にあっちが自爆する形で処分できて、
しかもその段取りを仕組んだのも、自分ではなく、
李悝が勝手に自分の意を汲んでやってくれた。
ついでに新しく使えそうなナイスな手駒(呉起)も手に入った。
それでまさに結果オーライ、自分の良い様になったんですが、
文侯はどこか憮然とした表情なんですよね。
自分の意思ではなく、時代によってそうさせられた、というような。
言葉で「これだ」と表現はしづらいのですが、
そんな文侯の姿が第二章のテーマだったのではないかと。
やっぱりこの第二章も、描かれていたのは「人」の姿だったのです。

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