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「第五部 三分帰一」
かくして魏・呉・蜀は滅び
三つに分かれた天下は晋へと帰結し
あまたの英傑たちは天へと帰るのでした。

いやー、ここまでほんと長かった。
全84話のボリュームは半端なかったです。
途中で何度か中断を挟んだとはいえ
去年の暮れに観始めてようやく終わりました。
もうこの作品に関しては、
とりあえず三国志好きなら観るべきだとしか言いようがないですね。
現在、新しくリメイクを全60話で撮るという話があるようで
それもまた楽しみです。
撮影技術的には格段に進歩してるはずですしね。
あとさすがに21世紀に作る以上は
中の人が途中で無責任に入れ替わることもないだろうしw


第78集 詐病賺曹爽
司馬氏、魏王朝の実権を握る

一気に十年ほど時代が飛んだ。
あれほど主君への忠義に生きていた司馬懿が
自分たちの一族による天下統一を志してるのが唐突に感じないでもないが、
まあ十年経ってるからなぁ。
曹叡が死んでその後ずっと名誉職みたいな太傅をやらされて飼い殺し状態だったわけだから
そんな風に変わるのも仕方はないことなのかも知れない。
しかし司馬懿は頭の良さは感じるのだけど
なんつーか、器の広さというか
上に立つ人間としてのカリスマ性のよーなものは
いまひとつ感じられない人物だったな。

そんなわけでやりたい放題となった勝ち組の司馬懿に比べると
負け組についてしまった桓範は悲哀だのう。
曹爽も悪い人ではなかったのかも知れんが
やはりこの類の人物は乱世には生きる場所はないということか。



第79集 呉宮干戈
孫権死し、呉王朝乱れる

孫権は出番もなくあっさりと死んだ。
後継者選び云々のゴタゴタもスルーされた。
つくづく呉の扱いは適当だなこのドラマ(苦笑)
(原作でもたいていこんなもんか?)
なんか諸葛亮の北伐と同期して攻撃を仕掛けるもあっさり破れて撤退とか
赤壁が終わってからの呉ってのはやはりどうもパっとしないね。
せっかく豊富な地盤と安定した人材がいたのに
それを生かすこともなく
引き篭もったまま時代が過ぎていったという感じがする。
なぜか上半身裸になって突撃する熱い老将軍・丁奉は格好良かったけど
諸葛亮の甥っ子諸葛恪は前評判通りのダメっぷりだった。

後半は姜維の北伐に場面が移ったが、夏侯覇って
以前諸葛亮の北伐の際にケチョンケチョンにされたあの夏侯覇か@@
それがよりによって蜀に逃げ込むってんだから
いかに状況がおかしくなってるかがよくわかる。
魏の朝廷の様子も
まるで以前の曹一族が漢室を蔑ろにしまくっていたのとほぼ同じようなことが
そっくりそのまま立場が入れ替わって起きてるしなぁ。

孫権といい劉備といい曹操といい
(まあ曹操のほうはまだ他に比べれば持ったほうだが)
なんで英雄世代ってその先が続いていかないんだろう。
と、考えさせられる一話でした。

あと木牛流馬ですが
マーク2に進化してた(笑)

(正面からの図)
まあ普通に考えればこんなもんだよなぁ。
前のあれがあまりにもアレすぎたw




第80集 兵困鉄籠山
姜維北伐、鉄籠山に司馬昭を追う

物語も残りわずかとなったが
最後の見せ場として姜維と戦うことになる魏の名将・艾はこれまた渋い。
でも勝利者となるはずの魏に属して頑張っているこの人も
いずれは報われない最期を遂げてしまうことになるのだから、
まったく人の世の業の深さというのは計り知れないね。

司馬兄弟による魏の皇室蹂躙劇は
前回も書いたがまるで献帝を巡る一連のごたごたをそのまま見ているようだ。
まさに歴史は繰り返すといったところか。
こうなってしまう原因というのは、やっぱり皇帝自身がダメダメだからなんだよな。



それにしても見事に見た目そっくりな兄弟だった(笑)



第81集 司馬昭弑君
姜維、鐘会ら、名将激戦す

さすがにやりたい放題の過ぎる司馬昭に
ちょっと共感できなくなってくる頃合だ。
多くの人は業の報いを最終的に受けることになるのだが
この兄弟はその中でも例外に含まれる二人であり、
父君は下積み時代の苦労が長かったから
年を取ってから多少好き勝手やってもまだ共感の余地があったが
息子二人はあまりそういうのはない。うーむ。
まあ父ゆずりの腹芸とかは見ていて楽しくはあったんだが
さすがにちょっとドロドロしすぎてきた感はある。

呉が完全放置なのはデフォだからまだいいとして(いいの?)
蜀のほうも割と放置されているわけだが
姜維はもう色々な意味で駄目っぽいな。
丞相の遺志を継いで…といっても
そもそも足場がちゃんと固められていない時点で
闇雲に出征を繰り返してもどうしようもないわけで。
なんだか諸葛亮の悪いところばかり引き継いでしまった
という感じがしないでもない。
経年劣化により中の人も変わってしまったし…
(まあでも逆に今の感じだと変わったほうがしっくりくるってのはあるので
これは結果オーライかな)



第82集 九伐中原
姜維、最後の北伐

なんだかもう蜀も腐り果てているし
呉は放置されているけど高が知れているし
魏も司馬昭の専横&恐怖政治状態がMAXだしで、
三国時代の終焉に向けて
鼎の中に残っているのは腐りかけたハイエナか何かの獣という感じだ。

黄皓を成敗できなかったという点が
結局のところ姜維の限界なんだよなー。
もともと諸葛亮はあまりにも強かったからこそ
以前は邪魔な宦官もサクっと殺してしまうことができたんだが
残念ながら姜維にはそこまでの強権はないし
懲罰覚悟で敢行するだけの胆もなかったということか。
まあそもそもがそんなのに好き放題させてる劉禅が腐ってる時点で駄目という結論であり
ひいては劉禅をまともに育てられなかった劉備が悪い
てことでもうバッドエンドに進むしかないわけだが。

そんな具合に内でやっておかなくてはいけないことを放置して
意固地にひたすら外へ向かって
国の内にとっても外にとってもひたすら迷惑な北伐を繰り返す姜維に比べると
やはり魏の前線で叩き上げの軍人という感じで頑張っている
艾のほうがずっと格好良く見えてしまうのう。
鍾会は割と最低な男であり、味方の足を引っ張ること請け合い。
そういうのをわかっていて使う司馬昭も司馬昭なのだが…
本来なら艾のことを考えてフォローしてやるのが
上に立つ人たるべきだと思うのだけど、
頭は良くてもそういった君主としての度量や器、
人としての思いやりといったものが決定的に欠けているのが
やはり司馬一族か…



第83集 倫渡陰平
名将艾、摩天嶺を越え、成都陥落す

やっぱり艾に比べると鍾会は嫌なやつだ。

かなり無茶苦茶な山越え作戦で剣閣を抜いた艾は
そのまま一気に成都に攻め寄せ
劉禅は戦わずに降伏、蜀漢は滅亡…となったわけですが
まあ原因として一番責任があるのは劉禅だろうな。
遊び呆けて義務を全く果たしていなかった点については言い逃れしようがない。
そこから芋づる式に、
前回も書いたようにその劉禅をちゃんと教育しなかった劉備が悪い
そして同じく教育をさぼった諸葛亮も悪い
さらに国力の疲弊を無視して北伐を繰り返したことも諸葛亮が悪い
その諸葛亮の悪いところばかり引き継いだ姜維はもっと悪い
さらに、もともと他人(もともと益州にいた人たち)を巻き込んだあげくに
やけっぱちになって私情を優先して特攻、勝手に夢破れた劉備が悪い
その劉備の原因を作ったプライドばかり高い関羽が悪い
そんな関羽の性格を知ってるくせに荊州を任せた諸葛亮が悪い
…と、まあ、こりゃ結論は出ないな(笑)

責任問題は別として
降伏する劉禅はヘタレかも知れないが、
でも蜀の民をこれ以上戦火に巻き込まないという点では
決して酷い選択肢ではなかったのではないかと思う。
(先帝の遺志やら散っていった人たちの想いやらは除外して考えた場合)
結果的に血筋を絶やさないということにも繋がるわけだし。
確かに義に殉じて自害というのも美しくはあるのだけど
そういう実質的にこれ以上戦っても仕方がないでしょうということを考えるなら
…ああ、でもやっぱりこれまで自分で血を流して苦労をしていない人が
それをやったらマズイか(苦笑)

あと言われていたけど
いくら生き長らえたからといって
もう天子に返り咲くことはほぼ不可能だとも思われるしなぁ。
要するに大志を果たせる見込みもなく生き長らえても仕方がないでしょ
というのがそっちの理屈なわけだな。



それにしても今回は艾が格好良かった。
さすがに断崖絶壁ジャンプは無茶だとは思ったが、
前回の自分の貧しい生い立ちを自信を持って語る場面といい
初登場時の雑兵の訴えにも耳を傾けて結果的に心服させる度量の大きさといい
この人は今のところマイナスポイントが全くといっていいほど見当たらない。
やっぱ働くならこういう将軍の下が良いね。



第84集 三分帰晋
魏、呉、蜀滅び、幾百の英傑は神となる

ブラック姜維のやつは
確かに取る策としては間違ってはいないのだけれど
最低だ。
特に人の出身をいつまでもネチネチと根に持ってあげつらうのは最低だ。
自分だってもともと魏の臣だったのを蜀に裏切ったクセに
人のことをとやかく言うのは最低だな。
この件といい終盤の国力や人心を無視した無謀な北伐の繰り返しといい
姜維は三国志の中でも嫌いな人物ワースト3にめでたくランクインしたよ。

司馬昭は猜疑心が強く器の小さいということが全てだった。
こんなのしか仕えられる相手がいないってんだから
三国時代の末期はいろんな意味で末期的だったと言える。

それにしても安楽公(アンラコン)って
名前の響きからしてマヌケでなんだか和むな。
あの席であからさまに「蜀が恋しいです」なんていったら
猜疑心の強い司馬昭に思いっきりチェックされると思うんだが
その辺、元・蜀の老臣の皆さんはあんまり考えてないんだろうか?
もっとも安楽公本人も天然で何も考えてないんだろうけどw
しかしその天然パワーに当てられた司馬昭が笑いすぎて死んだのはタナボタだ。

例によって呉は最後の最後までスルーされた。
まあ孫晧のローマ皇帝ネロもびっくりの暴虐政治のあれこれを
わざわざ見せ付けられても気分的に憂鬱になるだけだろうから
これはこれでよいと言えるのかも知れんが。

いろいろあったが、
最後の厳かな合唱から琴の音と共に臨江仙(各部オープニングテーマのアレ)が流れた時には思わず熱いものがこみ上げてきた。
歌詞は原作冒頭の詩だけど、
これほどこの壮大な歴史絵巻を言い表している言葉はないなーと
しみじみと実感するのであった。
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