簡易あらすじあっさり雪山から帰ってきた花鐵幹は
悪名高き血刀門のボス血刀老祖を倒したということですっかり英雄に。
一方みんなから淫乱女呼ばわりされていじめられる水笙は
父と伯父たちの位牌の前で首を吊った。
ほんと首吊りの多いドラマだな(笑)
その勢いで花鐵幹は江南武林の盟主みたいな感じで祭り上げられるのだが
そのフェスティバルに白装束の乱入者が。
なんと狄雲だった…ていうかあなた、ほとんど別人になってませんか(笑)
ようやく真っ当な主人公らしく生まれ変わった狄雲は
いんちき男の花鐵幹を圧倒
(まあ今回あからさまにレベルアップしてる狄雲のほうが
よっぽどいんちきっぽい気がしないでもないですが(笑))
さらに首を吊って死んだところを神照経で救われた水笙までもが
ペアルックの白装束で乱入
結局いろいろあって花鐵幹は死に
さらに花鐵幹にすっかり乗せられて
いろいろ取り返しのつかないことをしてしまった汪嘯風も
発狂してどこかへ行ってしまった。
「水福を殺した」と言われていた水福ってダレ?
と思ったらアレですね、鈴剣双侠の初登場の場面で
狄三に助けられてたあの召使いのおじいさんね。
殺されちゃったのか…(-人-)
そんなわけで花鐵幹関係の話はマッハで片付き
師匠を探しに故郷へ戻った狄雲はなぜか乞食にクラスチェンジしており
物乞いに行った先の家でなぜか肉体労働の穴掘り鉱夫として雇われた(微妙に間違い)
その家の主人がなんと言達平
そしてその言達平はかつて狄雲に連城剣法を教えた
あの老乞食だったのだ。やっぱりね@@
とりあえず水笙と一緒に潜伏して穴掘りをしていたところへ
弟子たちを引き連れて萬震山があらわれた。
相変わらず誰が連城剣譜を盗っただのなんだのと言い争いのループが発動
その後弟子たち+萬震山が全員で言達平に襲い掛かった。
相変わらず卑怯度MAXな連中だ。
さすがに言達平もこれはさばけず傷を負ったところで狄雲が助けに入り
明かりを消して言達平を連れて飛び去った。
手当てをした言達平と正体を隠したまま話す狄雲だが
とりあえず目新しい情報はない。
ただ一つ、先ほどのやりとりの際に言達平の毒サソリに萬圭がやられたのだが
その解毒薬は十日間ずっと塗らないと効果がないそうで、
このままだと萬圭は死亡確定らしい。
狄雲は解毒薬だけもらいうけて言達平と別れた。
悲しむ戚芳の様子を見かねた狄雲は怪しい漢方医に変装して
解毒剤を戚芳に渡して去る。
さらにこの前、故郷の洞窟に帰った時に
取り残されていた師妹のバスケットの中に入っていた唐詩選を
こっそりと置いていくのだった。
しかしこれこそまさに
十年前、戚長発の手元から行方知れずになっていた連城剣譜だったのだ!
戚芳の涙から連城剣譜には濡れると暗号解読のキーが浮き出すというヒミツが
隠されていたことがわかる。
…ていうか、それじゃ神照経って何だったのよ?(笑)
梅師父も知らなかったのか??
二つセットじゃなくても普通に解読できちゃってるし…
そんな突っ込みをする間もなく
萬家では別の悪巧みが進行していた。
萬震山の弟子のひとり呉坎が解毒剤を盾に戚芳をゆすっていたのだ。
「淫乱若奥様と深夜の密会、屋敷の納屋に響き渡る艶やかな喘ぎ声」などという
小悪党らしいドリームを描いていた呉坎だが
結果的には萬親子にモロバレ
しかも連城剣譜を守ろうとした戚芳の行動も筒抜けであり
いろいろ誤解の渦が巻くことに。
裏切り者の呉坎を始末しがてら、おそろしいひみつが発覚した。
なんと同様の手口で萬震山は十年前のあの日、戚長発を葬っていたのだ…!
つーか、いくらなんでも寸分たがわず全く同じ手口ってのはどうよ?(笑)
よほど自分の刺された演技に自信があったのか…
ついでに戚芳もSATSUGAIされそうになるが
出のタイミングを見計らっていた狄雲が間に入り、
悪党二人はあっという間に穴道を封じられ
二人の師父・戚長発と同様に壁の中に閉じ込めの刑に処された…
しかしなぜか壁の中に戚長発の遺体も姿も見当たらない。
空心菜を連れて脱出する二人だったが
夫婦の情を捨てられなかった戚芳がまんまと萬圭を助け出そうとして殺られた。
予定通りだ。さすがにちょっとこれはバカすぎ…とは思ったけど
まあ悪いのはこの娘じゃないからなぁ。
仇討ちを期して萬親子を探す狄雲は
連城訣のヒミツを使って誘き出す作戦に出る。
またもや性懲りもなく二人がかりで襲ってくる卑怯者親子だったが
狄雲に撃退され萬圭は死亡。
明らかにされた連城訣のヒミツによって
言達平、萬震山、そしてまだ諦めていなかった凌退思らが
宝のあるとされる場所・天寧寺へと向かった。
まず最初に姿を現した言達平は仏像が宝かとカンチガイして荒れるが
なんと仏像は黄金製だったことがわかって狂喜する。
その言達平を不意打ちで殺したのは戚長発だった。
自ら気脈を閉じて仮死状態となっていた戚長発はこっそり脱出し、
連城剣譜の研究を続けていたのだ。
戚長発は大仏の裏に隠し扉を発見
地下に眠る財宝の山を見つけ出す。
しかしそこへ今度は萬震山が現われた。
戚長発の穴道をふさいだ萬震山はトドメを刺そうとするが
梁の上に隠れていた狄雲が助けに入って腕を切り落とされ
逃走しようとしたところを戚長発に殺られた。
隙を見せたところで自分まで殺ろうとした師父に狄雲は絶望し
財宝も放棄して水笙と空心菜の待つ雪山へと帰った。
つーか、よっぽど雪山が気に入ったんだね。
財宝をめでたく独り占めできそうになった戚長発のところへ
凌退思やら萬震山の弟子たちやら
弟子たちによって噂を広められて財宝欲しさに集まった江湖の連中やらが押し寄せ
天寧寺は血で血を洗う修羅場に。
オマケに財宝には毒が塗られていたようで
みんな口から山芋か洗剤のような白いイヤな液体をダラダラ垂らしてくたばるか
はたまた切られて死ぬか
最後には柱の抜けた大仏殿が崩壊
かくして連城訣は夢と消えたのでした。
終劇。
覚え書き・とりあえず、おつかれさまでした。
結局、富や財産に固執しても真の幸福は得られず
たいせつなのは真っ直ぐな心根である。
というおはなしね。
いい歳してしょうもないことばかりやっていた三人は
あの世で梅師父にたっぷりと搾られてください。
・ひとまずナゾを整理しておこう。
連城剣譜の行方についてだが、
まず一番最初に戚長発がパクった
↓
ずっと修行しようとするけど意味不明。
たぶんこの時に修行風景を覗き見していたのは言達平かな。
↓
ある日偶然、娘・戚芳のバスケットに入って
そのまま洞窟に置き去りにされる。
最後の大仏殿の場面での戚長発の台詞によると
戚芳が剣譜をパクったことを知っていたようだが
まああんまり気にしないほうが良いか。
↓
後に狄雲が回収、それと知らずに師妹に渡したので
結局萬親子の手に…
という流れなのだが、
あれ? ちょっと待てよ??
そうなると、言達平は最初から最後まで
戚長発の稽古を盗み見た以外は
連城剣譜に触れる機会はなかったようですが…
それなのに何で連城剣法が使えたの???
(使えた、というか、どうして狄雲に伝授できたの?ということね)
盗み見てる間にいくらかはわかったんでしょうか?
それとも一番最初に三つに破れてから箱に入れるまでの時点で
見た分を覚えてたのか??
原作を読めばわかるのかな???
・その言達平がなぜ狄雲に剣法を教えたのか…という件についてですが
これはとりあえず目の前で連城剣法を披露させることによって
二人の間に波を起こしボロを出させるのが狙いだったのでしょうか?
それとも純粋に親切心から??
でも確か最初に狄雲が荊州に入城したころから
目をつけてたような描写があったしなぁ。
・でも言達平って個人的には
乞食やってた時といい
外道の萬圭にサソリをけしかけて
ぬけぬけととぼけてた爽やかな策士っぷりといい
他の二人に比べるとまだだいぶ印象としてはマシな感じがあるんだよね。
萬震山は最低のド外道な上に卑劣漢の嫌な奴だし
戚長発は腹が黒すぎて底が見えない危険な男だし。
最初にいきなり戚長発にハメられたという境遇もあって
この人はそこまで嫌いではないのだ。
・そして神照経って何だったの…?という話だ。
純粋に剣術として連城剣法を用いようとするなら
神照経による鍛えられた内功が不可欠…ってことだったのだろうか。
確かに他にヒミツのばらし方がなかったとはいえ、
水のにじみ文字のおかげで
いろいろな伏線が音を立てて崩壊した気が…
・まあ辻褄の件は別として、
次から次へと真相が発覚していく終盤の展開はやっぱり楽しい。
特に戚長発の行方が明らかに… → 死体がない!?
の流れはぞくぞくした。
言達平も戚長発も、もちろん他の人たちもそうなんだけど
物語の中でちゃんと
「諦めれば無事に静かな余生を送れる」機会を与えられてるんだよね。
でも結局、財宝の魅力に取り付かれたまま選択を誤り最期を迎えてしまうというのは
なんとも業の深い話だ。
・凌霜華生き埋めってなんだったんだ?
・そして金庸老師はほんっと「男装の麗人」が好きですね(笑)
・それにしても江湖の連中の見る目のなさも笑えた。
最初は花鐵幹のことを万歳万歳しておいて
真実が発覚したら今度は手の平を返したようにコロセコロセって(笑)
こういう描写は要するにアレですね、
結局のところ世の中の連中なんてのはそんないい加減な
付和雷同の阿呆ばかりなのだから、
世を捨てて心の通じる人と静かに暮らすのが一番良いのかも…
ということを訴えかけるためのものなのかも。
・そういう点からもやっぱりこの作品は
笑傲江湖のプロトタイプ的な感じがするね。
あっちは「権力や名声」
こっちは「富と財宝」ですが。
ただ、ドラマ版笑傲江湖のほうは
結局最終的に悪のビッグボスとなったユェプチンと戦って勝利〜という
良くも悪くも勧善懲悪ヒーローもの的に落ち着いてしまったのに比べると、
そんな醜い争いがしたければ勝手にやっていなさい
という感じで競争原理から自ら望んで脱落したこっちのほうが
プロット的にはとてもきれいにまとまっている気がする。
だからドラマ版笑傲江湖の最後の原作改編が
批難されているというのは
わからない話ではないですね。
ただそういう風に改編せざるを得なかったというのは
ひとつには令狐冲がそういったヒーローもの的カタルシスを
感じさせてくれるような場面が
最後の山場に至ってなかったが故…
ということもあるので、
一概にドラマ版の改編が悪いというよりは
それまでのストレスに対する開放感をいまいち与えてくれなかった
ことに問題があったのかも…とも思えますが。
ていうかこれ、何のレビューだ?(笑)