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というわけで、
結局三ヶ月かかってしまいましたが、鑑賞終了。
全46集の古装政治ドラマ『大明王朝1566』でした。
事前の評判を聞いていたのでけっこう期待して鑑賞に臨んだのですが、
期待通りの出来だった!と言えるでしょう。面白かったです。
待ったなしの人間ドラマがすごく良かった。

舞台となる明王朝中期・嘉靖帝の時代は
国庫は空で財政はボロボロ、
上はアホニートでまともに政治を省みず、官府には汚職がはびこり、
にっちもさっちも行かない状況。
これが何となく現代の我々の世情にも通ずる感じがするわけで、
そこで登場人物たちが各々抱く悩みがすごく身近なものとして感じられ、
より一層楽しめたというのもあるでしょう。

基本、内閣とか中央のお偉いさんの政治のおはなしになるので、
さんざん書いてきましたが、オッサンや爺が大量というか
むしろそれがデフォ状態、というのも
個人的にとても楽しめたところです。
特に女性キャラに関しては劇中に片手で数えるほどしか出ておらず、イケメン枠もなし。
ほんとよくまあこんなドラマが日本に入ってきたよなぁと
ありがたく思いながらも、首を捻ってしまいます(笑)


というわけで、
ネタバレ抜き範囲はこんなものか。
以下、ネタバレ100%で行きます。






・ストーリー
☆☆☆☆
面白かったです!
『海瑞罷官』の故事をベースに(といいつつ、元ネタ読んだことはありませんが)
そこに至るまでの道筋、時代背景、人物像をじっくりと描き上げて行き、
嘉靖帝の崩御で物語を〆る。

基本的に娯楽ではないので、後味もすっきり晴れやかというわけには
とうぜん行きませんでしたが、
それでも要所要所で「言ったらいけない大人の事情」に
ずばずばと鮮やかに踏み込んでいく海瑞は痛快でしたし
(その大人の事情についても丹念に描かれていたので、得心の行くものだった)、
政治劇として緊張感のある丁々発止のやりとりも随所にあり、
堅苦しい重たいドラマといえばそうなのですが、楽しみもいろいろあったので
鑑賞中の感覚そのものは決して重たいわけではなかったのも事実でした。
海瑞と王用汲の友誼なんてのも和やかポイントだったしね。

それでいて、財政ボロボロ、上はアホ、という、にっちもさっちもいかない
明代中期という時代の閉塞感、絶望感、諦観も常に存在しており、
これも時代を描くということで、うまく出来ておりました。
やっぱり明王朝はだめかもわからんね(笑)
特に、冒頭にも書きましたが、
この時代の閉塞感は現代日本を生きる我々にも通じるところがあり、
なかなか身につまされる感じで、
要するに作中の人物たちが抱える悩みを
すごく身近な感じに体感することができたということです。それも面白かった。

あと以前各話感想の中でも述べましたが、
中央と地方、それぞれにまったく見えているものが違って、
地方で主人公が必死になって取り組んでいる問題というのが
中央の人からすると全くアウトオブ眼中…という構図が
すごくわかりやすいというのも、興味深かったです。
こういった離れた二局をそれぞれ細かく描くドラマって、
これまであまり観なかった気がするので。


ドラマとしての進め方としては、
基本的に嘉靖帝と海瑞、海瑞と嘉靖帝の二人を主軸に置いてはいるのですが、
群像劇的に結構話が右を向いたり左を向いたり…ということも多かったです。
それはそれでいいんですけど、
問題は右を向いてる間に勝手に左のほうでは話が進んでいたり、
左を見ていたら右に向き直る前にもう次の段階に話が進んじゃってたり、
そういった説明不足、「あれ?」と思うようなことも時々あったことですかね。

それから特に登場人物が本当のことをほとんど言わなかったり、
堂々と立派なことを言ってるかと思えば次の場面ではボロクソに影で言ってたりと
キャラクターの意図をつかめず翻弄されるようなこともありました。
まあこれは現実的な多面性とも言えるので、
それはそれで翻弄されるのもまた乙なのかも知れませんが…
しかしやはりともすればこれも説明不足になってしまうので、
観ているほうが付いて行けずに「キャラクターのひとりよがり」で話が進んでしまう、
という危険性も持っていたのではないかと思われます。

右を向いたり左を向いたり、よく言えば「じっくり」進むので、
作品世界の中にはゆったりと浸っていられました。
正直四十六集はやや長かったなという感じがしなくもないですが
(たぶんもうちょっと切り詰めれば四十で十分だったはず)、
それもまあ良いでしょう。



・音楽
☆☆☆★

OP問題については、以前感想途中のエントリでも取り上げましたが
歌つきの原語版OPが
日本語版では全然別のものに差し替えられていてしまっていたのは、
返す返すも残念でした。
特に原語版OPがテーマにぴったりマッチした素晴らしいものであるだけに…

で、
それはそれとして音楽についてですが、
やっぱり良かったことは良かったです。
なんか「趙季平」ということで期待値上げすぎちゃってたかも知れんというか、
そういうところは正直、個人的にはあったかも知れないところですが…
全体的には良いところはぞくぞくっと来るんですけど、
そうでない、割と凡庸なところもあったかなーという印象でしょうか。

まあ少なくとも音楽の大半が借り物、よそからの流用とかに比べれば一万倍マシなんですが。
(って、そもそもそういうものを引き合いに出すこと自体が間違いですねw)



・アクション

アクションがどうこうというドラマではないので、
この項は省略。



・キャラクター
☆☆☆☆

ストーリーが良かったのもそうですけど、
群像劇として、ゆったりした長い間を飽きることなく繋いでいたのは
やはり人物力にあったというのは疑いようもないことであり、
(あれ? なんかいつもこんなようなこと書いてるような…)
大量のオッサン・爺まつり状態はとても楽しめました。
ここまで白髪率の高いドラマというのは、
観たことなかったかも知れない(笑)
(なにしろ最初に書いたように中央のお偉いさんが中心のおはなしだから、推して知るべしだ。)

もちろん見た目だけではなくて、ちゃんと中身も伴っていればこそです。
いちおうの主人公である海瑞が剛直に突き進む様子は
拍手喝采せずにはおれない痛快さがありましたし、
それだけではなく、時代の逆風を浴びる悲壮さもあった。

なんだかんだで主役の海瑞にとっては障害だった趙貞吉なんかも
ただの障害というわけでもなく、
この人なりに現実と折り合いをつけながら進めて行こうという
以前も書いたけど、『Xファイル』でいうスキナー長官みたいなポジションなので
その苦悩なんかも見て取れて面白かったし、
厳おじじのような裕王派のみんなから言われているような大悪党かと思えば
実はまっとうで正義感ある人だった…かと思えば十分以上に腹黒かったとか、
各人物が多面性を持った生きたキャラクターとして描かれていたと思います。
これもまた楽しい。

まああんまり誰も彼も腹芸が多すぎるので、
ときどき挿入されるよく意味のわかりづらい黒白カットとあわせて
観てるこっちまで真意がわからなくなったりすることもありましたが(^^;

あと最終ボスである皇上については
嘉靖四十四年あたりから本格的にアホニート化してきて
観ていてあまりにもあまりな感じになり、
「もうこいついいわ」という見捨てモードに入ってしまったのは
ちょっとやりすぎた感もあったかも(^^;
(これは終盤になって鑑賞ペースが加速してしまった功罪というのも
いくらかあるかも知れません^^;)

ともあれ、これでお別れかと考えると、
四十六集付き合ってきたという感慨も込みで
達成感と共に、なんとも寂しい余韻が残るのでした。ふー。



他、また何か思い出したら追記するかも知れません。 
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